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時代の正体〈205〉憲法は今 コスタリカの国防

社会 | 神奈川新聞 | 2015年10月9日(金) 12:53

大統領選挙のたびに行われる子どもたちの模擬投票。政治への参加意識を幼少期から育む(2002年、伊藤さん提供)
大統領選挙のたびに行われる子どもたちの模擬投票。政治への参加意識を幼少期から育む(2002年、伊藤さん提供)

 昨年に続き憲法9条を持つ日本国民が候補となり、注目が集まるノーベル平和賞。座間市の主婦の発案で始まった「9条に平和賞を」運動だが、遠く地球の裏側から日本国民を自国民とともに推す国がある。日本国憲法と並ぶ平和憲法を持つことで知られるコスタリカ。中南米の小国から見えてくる平和の形とは。ジャーナリストの伊藤千尋さんに聞いた。

 コスタリカ国民と日本国民にノーベル平和賞を-。かの国の国会がノーベル委員会に送ったアピール声明に人口500万に満たない小国の誇りが高らかに響く。

 〈コスタリカと日本は発展、経済構造、歴史、文化、政治組織などの水準は極めて異なった国。ゆえに地球上のどんな人々も軍事力なしに生存し、繁栄できることを示している〉
 始まりは、各国に寄港しながら世界一周する非政府組織(NGO)「ピースボート」に乗船していた日本人女性の行動だった。

 船にはコスタリカの国会議員、オットン・ソリス氏がツアーのプログラムの講師として同乗していた。女性は座間市の鷹巣直美さんが発案した「憲法9条にノーベル平和賞を」の運動を伝え、同じく平和憲法を持つコスタリカからも応援してくれるよう頼んだ。

 ソリス氏は与党・市民行動党の議員で、大統領候補にもなった重鎮だった。女性の願いは予想を超える形となった。

 2014年12月、コスタリカと日本の両国民をノーベル平和賞に推す議案が国会に提出され、全会一致で可決。その後、ノーベル委員会の正式な候補として登録された。伊藤さんは言う。「発案して、そのまますんなり全会一致。信じられないけれど、それがコスタリカ」

 それはまた、「平和を輸出する」ことで国を守ろうと思い定めた人たちにはごく自然な振る舞いなのかもしれなかった。

対話を教える



 カリブ海と太平洋に抱かれた中南米の小さな国に平和憲法が生まれたのは1949年、日本国憲法が施行された2年後のことだ。新憲法の12条には「常備軍の廃止」がうたわれた。

 前年、大統領選挙をめぐる権力闘争で内戦が勃発し、2カ月の間に約2千人の血が流れた。

 「私たちはなぜ戦争をしてしまったのか」「過ちを繰り返さないためにはどうしたらいいのか」

 隣人同士で銃を向け合った自分たちへの不信から重ねられた問いの末、導き出された答えは「軍隊があるから、戦争が起きる」。

 当時、コスタリカの国家予算の3割が軍事費だった。その費用を社会の発展に使おうとスローガンが掲げられた。「兵士の数だけ教師をつくろう」。以後、コスタリカの国家予算の約3割が教育に注がれる。伊藤さんは言う。

 「数学のテストでは日本人が勝つかもしれないが、討論をすれば負けるだろう。コスタリカは対話を大事にした教育を行っている。だから自分の頭で物事を考える」

 現地で触れた授業風景-。

 「お父さんとお母さんがけんかしたりする。国と国なら、戦争という形でけんかをする。どうやって解決すればいいでしょうか」

 教師は質問を投げ掛けるだけで、あとは子どもたちに任せる。

 「力が強いやつが勝つんだから、とにかくけんかに強くなれ」

 「そうじゃない、やっぱり話し合いなんだ。力を振るったら、そいつは後で仕返しをされるんだ」

 軍隊を持たないからこそ、対話による解決の努力は真摯(しんし)になされるに違いなかった。

丸腰の恐怖は



 軍隊がないコスタリカでも防衛手段を持たないわけではない。警察のほか、国境警備隊がいて、他国が攻めてくれば、武器を手に取り防衛に当たる。

 南北アメリカ大陸の各国が加盟する集団安全保障に名を連ね、加盟国が一国でも攻められたら他国が助太刀する米州相互援助条約(リオ条約)を締結。いざというときは、大統領が義勇兵を募る。

 とはいえ、丸腰の恐怖はないのか。伊藤さんは町を歩き、人々に尋ねた。

 田舎町の女子高生はこともなげに答えた。「うちらが侵略されたら、世界が許さないでしょ」

 八百屋に「あなたの国には平和憲法があるのを知っていますか」と聞くと「もちろん知っている」。侵略されたらどうするのかと問えば、「うちの国は自分の国が侵略されないように平和を広める努力をこれまでやってきた。こういう国を攻める国があるとは考えられない」。

 女子高生は「自分の国がやってきたことに国民として誇りを持っている」とも言っていた。

 伊藤さんは強調する。「国際法上、侵略戦争は違法であり、戦争をするには理由がいる。コスタリカは戦争を仕掛けられる口実をつくらせない雰囲気をつくった」

 87年にノーベル平和賞を受賞したアリアス大統領はコスタリカ周辺のニカラグア、エルサルバドル、グアテマラで続く内戦で政府側とゲリラ側の対話の場を設け、終結に導いた。国連に働き掛けて国連平和大学を創設し、広島や長崎で核実験反対決議の動きがあれば共同提案国になった。そうして「平和を輸出」し続け、信用という名の城壁を築いていった。

意識の芽生え



 日本とコスタリカの平和憲法の違いはどこにあるのか。伊藤さんは「書いてあるものか、使うものかの差だ」という。

 コスタリカでは6歳から基本的人権を「愛される権利がある」と習う。憲法違反を審査する憲法裁判所があり、市民が電話一本で申請することができる。2014年の1年間で訴えは2万件に上った。「『校庭の横に産廃業者がごみを捨てて、悪臭で授業に集中できない』と小学生が訴えて勝った例もある。憲法を活用して、自分たちでよりよいものにしようとしている」

 日本はどうか。「9条を使って平和を広めているか。『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』と定める25条を例にとって、人権を訴えているか。国民は憲法を他人ごとと思い、お上に任せていないか」

 戦後70年。集団的自衛権の行使容認は憲法改正に問うことなく解釈の変更でなされ、安全保障関連法の成立で専守防衛という戦後日本の基本原則は大転換をみた。

 「世界に平和を広めるどころか、逆に平和ブランドをつぶしている」。そう落胆する伊藤さんだが、絶望の中からこそ生まれる希望もあるはずだとも感じる。国会前のデモについて「自発的に始めて各地に広がった。今まで日本の政治的運動は労働団体など上からつくるものだった。『憲法9条にノーベル賞を』運動も主婦が一人で始め、発展して大きな力になった。これが本来の民主主義。国民一人一人が考えるのが民主主義」。

 安保関連法の違憲訴訟に反対の意思を示すデモと運動は続く。伊藤さんは言う。「日本がコスタリカ化している」

 いとう・ちひろ ジャーナリスト。1949年山口県生まれ。74年に朝日新聞社入社。サンパウロ支局長、ロサンゼルス支局長時代に取材でコスタリカを訪れる。2014年に退社し、フリーに。著書に「活憲の時代 コスタリカから9条へ」(シネ・フロント社)など。


伊藤千尋さん
伊藤千尋さん

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