◆医学生理学賞大村さん受賞にわく/横浜市大・石井教授、女子美大・横山学長
ノーベル医学生理学賞に輝いた大村智・北里大特別栄誉教授(80)が開発した特効薬「イベルメクチン」のさらなる活用に期待する医師がいる。横浜市立大医学部の石井則久客員教授(62)は海外の熱帯感染症だけでなく、国内に大勢患者がいる疥癬(かいせん)の治療にもイベルメクチンを使えるように奔走してきた。「アフリカなどで数億人の命を救ったことに加え、有史以来の人類の悩みである疥癬の治療にも大変革をもたらした。他の治療にも使える可能性を秘めている」と、大村さんの業績をたたえている。
イベルメクチンは、アフリカなどで寄生虫が引き起こす熱帯感染症に大きな治療効果を挙げてきた。さらに、高齢者施設などで集団発生している疥癬の治療も格段に容易にした。
疥癬は、ダニが原因で皮膚にかゆみや発疹が生じる病気で、国内では老人ホームなどの高齢者施設のほか、病院、保育園などで集団感染が報告されており、年間10万~20万人の患者がいるとされている。有効な内外用薬がないため、長年治療に手を焼いてきた。
イベルメクチンの疥癬への有効性が分かってきたのは2000年以降。しかし、治療に使える国はフランスなど数カ国のみだった。
国内でも使えるようにしようと、石井さんら皮膚科医が中心となって製薬会社や医師会、厚生労働省などに働きかけた。当初はボランティアを募って薬の効果を調べる治験を行うように厚労省から指示されたが、製薬会社が難色を示し、頓挫の危機に陥った。
だが、患者の切実な願いや医師らの強い訴えを受けて、高度先進医療が行われる場合などに保険が適用される「特定療養費制度」が活用できるようになった。06年、疥癬患者も保険適用でイベルメクチンを使えるようになった。
また、子どもたちの間で静かに流行しているアタマジラミ症の治療薬としても有効で、米国ですでに使われている。日本皮膚科学会は厚労省に要望書を提出するなど、国内で使えるよう働きかけを強めている。
現在、国立感染症研究所ハンセン病研究センターのセンター長も務める石井さんは「年間80万人以上と推定されている小児患者たちに良い知らせを届けたい」と期待する。
大村さんとは面識がないが、「多くの命を救った大恩人」と敬意を込める。「寄生虫に有効なイベルメクチンは人間だけでなく、獣医領域でも広く使われている。私たちは医療の現場から特効薬がもたらす福音を広げていきたい」
◆多彩な才能、懐深く
「美術や芸術家に対して深い愛情を持ち、とても懐が深い人」
今年のノーベル医学生理学賞に決まった大村智・北里大特別栄誉教授(80)が理事長を務めた女子美術大学(本部・東京都杉並区)の横山勝樹学長(54)は、大村さんをこう評した。
大村さんは世界的な研究者の一方、美術への造詣も深く、美術館を造るほどの絵画や陶磁器などの収集家としても知られる。そのため5月まで計約14年間、同大の理事長職にあった。
大村さんが理事長だった2001年、同大は創立100周年を記念し、相模原キャンパス(相模原市南区麻溝台)内に女子美アートミュージアム(JAM)を開館。建物の入り口は大学側でなく、隣接する公園に向けられた。市民との交流を深め、地域社会に親しまれる美術館を目指すという大村さんの考えを生かしたものだという。
「絵画は単なる自己表現でなく、絵を描くことで、どう人の役に立つか考えなさい」。大村さんはよく学生らに話していたという。横山学長は「世のため人のためになる研究という考えが、先生の根底にあるのだと思った」と振り返る。
大学の教職員らへの目配りも欠かさなかった。毎年、正月に直筆の色紙を作って配り、激励してきたという。
横山学長にとって一番印象深かったのは、13年に書いた「実践躬行(じっせんきゅうこう)」。理論や信条などを、実際に自身の力で行うという意味だ。「学者の中には、口では言うが、やらない人がいる。そういう意味で、先生は違った」と今回の受賞を喜んだ。