
頭に物が当たったり、交通事故でむち打ちを起こしたりして脳が傷つき、体にさまざまな症状が出る軽度外傷性脳損傷(MTBI)。子どもから高齢者まで危険性のある疾患だが、国内ではその存在自体があまり知られていない。病院に行っても不調の原因が分からず、家族ら身近な人にさえ症状を疑われることがあるなど、苦しんでいる患者は多い。
横浜市磯子区の元建設業、田村智孝(ともゆき)さん(45)は職場での事故が原因でMTBIになった。
2004年9月、宅地造成中の建築現場を歩いていたとき、約6メートル上のがけから元請け会社の役員がたまたま蹴り落としたソフトボール大の石が頭を直撃した。ヘルメットが割れ、奥歯が折れるほどの衝撃だった。相手に「下りてこい」と言って3歩ほど歩いたところで、意識を失った。
気がついたときは2時間ほど過ぎていて、現場の駐車場に寝かされていた。「痛いというよりも、自分の体ではない感覚だった」。同僚の車で病院に行ったが、医師からは「異常はないので帰宅していい」と言われた。「頸椎(けいつい)捻挫」(むち打ち)と診断された。
体調は日に日に悪化していった。数日間は仕事に出たが、痛みがひどく、休職せざるを得なくなった。手を思うように動かせなくなり、物が二重に見える、物忘れがひどい、食べ物の味が分からない、排せつのコントロールが難しくなるといった症状が増えていった。それでも診断は「むち打ち」のまま。事故から4年以上過ぎた09年に、国内で初めてMTBIの調査をした整形外科医の石橋徹さんの診察を受け、ようやく正確な診断がついた。