
拳ほどの割と大ぶりな鈴をザックから取り出して腰にぶら下げた。歩くとリーンリーンと大仰な音を響かせる。北海道といえば熊だ。鉄道写真の撮影地に藪や獣道は付き物だ。だから北海道へ行こうと思ったとき、熊よけの鈴をいの一番に用意した
▼熊だけでなくハチも怖い。知らぬ間にスズメバチの巣に近づいて襲われたら困る。それでハチ撃退スプレーも買っておいた。噴火湾を見下ろす小高い丘の中腹をチリチリと鈴を鳴らして歩いているとき、そのスプレーを忘れたことに気づいた。不覚であった
▼果たして親指大のハチが私の頭上を旋回し始めた。ぶんぶんと暴走族のような音を立てて近づいたかと思えば、遠ざかる。ホッとしかけるとまた来る。長袖の上着と頬かむりで肌を覆っていたが、生きた心地がしない。後ずさりしてもしつこく追い回してくる
▼もう一つ忘れた。刺すハチと刺さないハチの見分け方を調べることだ。君はただ遊覧飛行しているだけなのか、それとも敵意むき出しに警告しているのか。ハチの言葉が分かればと心底思った。仲たがいも戦争も、いつだって端緒は対話の欠如、相互不信なのだ
▼とはいうものの、海を背景に走る室蘭本線はしっかり撮った。北海道でしつこく列車を追い回した、という話。(さ)