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横浜「復興橋」保全へ 関東大震災後 現存41カ所 凝った意匠の歴史資産

社会 | 神奈川新聞 | 2015年8月31日(月) 03:00

中区打越の切り通しを渡る「打越橋」(1928年完成) 
中区打越の切り通しを渡る「打越橋」(1928年完成) 

 1923年9月1日に起きた関東大震災後に建設された「震災復興橋梁(きょうりょう)」と呼ばれる橋について、横浜市は現存する市内41橋を歴史的な資産として将来に残していく方針を決めた。今後、保全計画を策定し、架け替えではなく丁寧な補修を行う。併せてライトアップや橋巡りツアーなども企画。近代的な意匠が施され、重厚な橋を「ハマの財産」として後世に受け継いでいく。

 市道路局橋梁課によると、関東大震災で崩壊した橋は、当時の内務省復興局と市が協力し、昭和初期にかけて178橋を復興した。その後、河川の埋め立てや道路建設などで姿を消していった橋も多いが、大岡川や中村川、山手地区など市中心部で41の橋がほぼ当時の姿のまま残っている。


 震災復興で造られたため、あやとりのような構造の鋼アーチ橋やコンクリートのアーチ橋など重厚なものが多く、綿密な地質調査などを反映して耐震・耐火構造の設計がなされている。高度成長期(55~73年)に短期間で造られた画一的な橋と違い、一つ一つが丁寧に造られ、個性的でコンクリートなどもしっかりしているという。

 それでも築90年近くたっており、補修をしていく必要がある。市は専門家の意見を聞きながら来年度にも保全計画を策定する方針だ。

 参考となるのが、32年発行の「横浜復興誌」で、復興橋梁のデザインが記載されている。橋の四隅にあり、頭部に灯具を設けた「親柱」をアールデコ調にするなど凝った意匠が施され、それぞれの橋が昭和初期の趣をよく残しているのが分かるという。親柱の上の灯具は金属が不足していた戦時に撤去されたものも多いため、今後、復興誌や当時の写真といった資料を集め、細かい部分も含めて当時の意匠を忠実に復元、補修していく方針だ。


 さらに、保全計画策定とともに街歩きツアーでの橋巡りや優れた美観を夜間ライトアップで演出することなども企画していく。水上交通による河川から見た橋の魅力についても積極的にPRしていく。

 架け替えよりも補修には手間が掛かるが、市担当者は「先人らが築いた貴重な橋はしっかりと保全するだけでなく、積極的に賢く利用することも重要。当時の技術者が残した素晴らしい意匠を後世へと確実に橋渡ししたい」と話している。

 ◆震災復興橋梁 関東大震災で甚大な被害を受けた東京と横浜で、内務省復興局とともに造り上げた橋の総称。横浜市内では大岡川、中村川などに178橋が造られ、41橋が現存。東京市(現在の23区に相当)では約500橋ほどが造られ、約90橋が現存しているという。


中区山手町にある鉄筋コンクリート・アーチ橋の「桜道橋」(1928年完成)
中区山手町にある鉄筋コンクリート・アーチ橋の「桜道橋」(1928年完成)

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