1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 【動画】東京大空襲の惨劇を紙芝居に 真鶴の女性、若者に語り継ぐ

【動画】東京大空襲の惨劇を紙芝居に 真鶴の女性、若者に語り継ぐ

社会 | 神奈川新聞 | 2015年8月25日(火) 03:00

自作の紙芝居を朗読する露木さん=真鶴地域情報センター
自作の紙芝居を朗読する露木さん=真鶴地域情報センター

 1945年3月10日の東京大空襲での自身の凄惨(せいさん)な体験を、手作り紙芝居で語り続けている女性が真鶴町にいる。露木万津世さん(82)は約30年前に制作した「東京大空襲 マッちゃんの思い出」を毎年2、3回ほど、小学校やイベントで上演する。戦争を知る世代が減っていく中、「印象に残る紙芝居という手法で若い人たちに体験を語り継ぎたい」との願いを込める。

 「炎と火の粉が渦巻いて、人影をのみ込んでいきます」

 真鶴地域情報センター(同町真鶴)でこの夏行われた企画展会場。町内の親子連れから高齢者まで約80人を前に、露木さんが70年前の光景を熱い口調でよみがえらせた。

 主人公の名前は、当時の露木さんのあだ名「マッちゃん」。当時小学6年生のマッちゃんが同年2月、学童疎開先の新潟から東京の下町・深川に帰宅した場面から紙芝居は始まる。

 毎晩のように飛行機の爆音におびえ、寝不足になりながらも、家族との生活や友人との会話に安心感を抱く生活を送る中“あの日”の足音が聞こえてくる。

 「3月9日、マッちゃんたちは卒業記念写真を撮りました」

 露木さんは紙芝居に描いた記念写真の場面で一瞬懐かしむような表情を見せた後、目を伏せて続けた。

 「この写真に写っている友だちの3分の2以上が、この日以来、いまだに行方が分からないのです」

 話は未明の大空襲の惨劇を描き、すべてが終わった後に朝日が焼け跡や遺体を照らし出して終わる。

 露木さんはのちに、真鶴町の船乗りの家に嫁ぎ、以来真鶴で暮らしてきた。夫が長く家を空ける間の寂しさを紛らわすために、近所の人たちに自身の戦争体験を話した。

 広い敷地がある高射砲陣地を目指し、幼い妹を背負って炎の中を走ったこと。トラックがやって来て、たくさんの黒焦げ遺体を何往復もして運んでいったこと。焼死した祖父母を、火葬のためもう一度焼いたこと…。

 思い起こすこともつらい出来事だったが、真剣に耳を傾けてくれる子どもたちを見て、この体験を後世に残そうと決意。地域のグループ仲間に見せた原稿を基に、友人らの協力を得て19枚組みの紙芝居をまとめ上げた。子どもたちに分かりやすく伝えるためには、紙芝居が一番だと考えた。

 この日の企画展会場では、紙芝居の最後を露木さんはこう締めくくった。「戦争は人の死を何とも思わなくしてしまう。こんなにも悲しい、異常な経験を繰り返さない、平和な世界であってほしい」


爆撃の熱風を受け、真っ赤にただれた目で子どもの名を叫び続ける女性。焼け野原で見た光景は、今でも克明に覚えているという=真鶴地域情報センター
爆撃の熱風を受け、真っ赤にただれた目で子どもの名を叫び続ける女性。焼け野原で見た光景は、今でも克明に覚えているという=真鶴地域情報センター

戦後70年に関するその他のニュース

社会に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング