1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 核なき世界を(3)「核兵器の島」小笠原 二つのルーツと

核と平和 2015
核なき世界を(3)「核兵器の島」小笠原 二つのルーツと

社会 | 神奈川新聞 | 2015年8月8日(土) 10:48

 漫画も、学校の授業も、すべて英語。公衆電話すらない島だったが、米国文化はあふれていた。

 小笠原は終戦後から1968年まで、米軍の占領下に置かれた。「兵士の膝の上で米軍配給の映画を見たり、バーベキューをしたり」。父島で生まれた池田ケニー(57)=東京都世田谷区=とパーク(54)=茅ケ崎市=の兄弟には、米兵は優しい存在として記憶に残る。父方の曽祖父が欧米系移民の2代目だったことも、親しみを抱いた一因だったかもしれない。

生まれ育った父島で撮影された写真を見ながら、当時の思い出を振り返る池田ケニーさん(左)と、弟のパークさん=茅ケ崎市
生まれ育った父島で撮影された写真を見ながら、当時の思い出を振り返る池田ケニーさん(左)と、弟のパークさん=茅ケ崎市

 だが、彼らが軍の顔を見せることもあった。

 家から数十メートル先にそびえる岩山の肌には穴がくりぬかれていた。銃を携えた見張りが24時間…

この記事は有料会員限定です。

月額980円で有料記事読み放題。詳しくはこちら

戦後70年に関するその他のニュース

社会に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング