「ローカル線を語ろう」と書いたら「アジってますねえ」と僚友に言われた。読み直すと確かに情緒的に過ぎるかも。ということで今回は「社会の中の地方鉄道」について、実例を挙げて考えてみよう。
九州・肥薩線の嘉例川(かれいがわ)駅には明治末期に建てられた小さな木造駅舎が今も残る。数十年前までは平凡な建物だったろう。けれども地元の人たちには愛着があり、合理化で鉄道職員がいなくなると自ら駅の掃除を始めた。今は「百年駅舎」と珍重され観光特急が停車する。
秋田・由利高原鉄道の終点、矢島駅には「まつ子さんの売店」がある。まつ子さんはいつもかわいらしく装って店番しているおばあさま。「どっから来たの」と笑顔で迎え、暑い日には桜の塩漬け入り冷茶でもてなし、列車をホームで見送る。
中国山地を縦断する三江線の石見川本(いわみかわもと)駅には昼時に到着する列車をいつも出迎える観光協会のおじさんがいる。そもそも列車は日に数本しかなく、旅行客とて何人もいるわけではない。けれど、そこでの立ち話や「オススメ食堂、喫茶店紹介」の会話一つ一つは、訪れた者の記憶に残る。
多分、どれも赤字を解消するほどの経済効果はない。ただ、かけがえのない経験ではある。それをノスタルジー、なんて軽く言わないで。(さ)