少女は許せなかったのだ。戦争を火事に例え、「指をくわえて見ていていいのですか」という詭弁(きべん)が。稚拙な物言いに透ける愚弄(ぐろう)と嘲笑が。そうした政治家に決められてしまう自分の未来が。集団的自衛権をめぐり、礒崎陽輔首相補佐官にツイッターで論争を挑んだ西穂波さん(18)は言う。「この国の行く末に関わる問題。無視することなんてできなかった」
例えば5日のツイートはこうだ。
〈昨日バイト面接受けて速攻受かったんだけど、元カレの家めっちゃ近くて焦る〉
西さんは札幌市在住、国立大を目指して浪人中の18歳だ。
礒崎氏のツイートが目に留まったのは6月9日。
〈集団的自衛権とは、隣の家で出火して、自主防災組織が消防車を呼び、初期消火に努めている中、「うちにはまだ延焼していないので、後ろから応援します。」と言って消火活動に加わらないで、我が家を本当に守れるのかという課題なのです〉

首相補佐官として反論を試みたつもりなのか、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案をめぐっては、衆院憲法審査会で3人の憲法学者がそろって安保法案を「違憲」と指摘していた。
あえて辛辣(しんらつ)な言葉を投げつけた。
〈バカをさらけ出して恥ずかしくないんですか。分かりやすく解説じゃなくて都合良く解説お疲れ様です。その説明全部論破されて終わりますよ。集団的自衛権と個別的自衛権の違いを勉強してください。議論はそこからです〉
相手は東大法学部卒、自治・総務官僚から国会議員に転身し、2014年1月、国家安全保障担当の首相補佐官に任命された。安倍晋三首相の右腕とも目される。
「相手がばかじゃないことなど分かっている。でも、ばかじゃないなら『この程度の説明で国民は納得するだろう』と思っているということ」
戦争と火事を同列に扱い、正当性を説いてみせる感性が恐ろしかった。軽んじられ、もてあそばれているのは国民の命なのだと思った。
返信
リアクションは想像以上に早かった。6分36秒後、返信してきた。
〈それは、私におっしゃっているのですか。「バカ」とまでおっしゃってくれていますので、是非あなたの高邁(こうまい)な理論を教えてください。中身の理由を言わないで結論だけ「バカ」と言うのは、「××」ですよ。お待ちしています〉
礒崎氏は批判的なツイートをする相手はブロック(交信遮断)すると評判だったため、驚いた。意図不明の伏せ字も気味が悪かった。
握り締めたスマートフォンで立て続けに打ち込んだ。
〈まず例えが下手。戦争と火事は全く別物だし 笑 戦争は火事と違って少しでも他国の戦争に加担すれ自国も危険に晒(さら)す。当たり前だろ。しかもその解説は個別的自衛権で十分対応可能です。集団的自衛権と個別的自衛権を勉強してくれないと議論できません〉
〈火事と戦争を同等にして例えるのがまずおかしい。わかる?火事には攻撃してくる敵がいない。戦争は殺し合い。それに少しでも加担すれば危険なのわかるよね?それが分からないなら本当に脳みそ腐ってんじゃない?〉
〈火事は消火すれば解決する。殺し合いは必要ない。戦争は違うよね?殺し合って何万人何十万人何百万人が死んでくんだよ。それに日本が加担するってことだよ。バカって図星すぎてカチンときたのかな?笑〉
無視
ネット上で反響が広がった。約2時間後、礒崎氏がブロックすると〈礒崎補佐官が論破された〉〈大人げない〉〈10代の若者に叱られる礒崎補佐官〉といった書き込みが続いた。やりとりをまとめたサイトは47万回以上閲覧された。
西さんは言う。「相手を中傷する言葉遣いが良くないと分かっている。でも、怒りの感情を抑えることがいつでもいい結果を生むのか。それでは何も変わらないときがある」
各報道機関の世論調査で反対の声が上回る安保法案を政府は強行採決しようとしている。国民の疑問に正面から答える姿勢も見られない。礒崎氏のツイッターでのやりとりそのものじゃないか。その日のつぶやきはこう締めくくられていた。
〈今日も、ツイッターの皆さんありがとうございました。実に85万アクセスを1日で超えました。全部目を通したつもりですが、回答漏れがありましたら、また御指摘ください。おやすみなさい〉
厚顔、独善、傲慢(ごうまん)の果てに切り捨てられようとしているのは、決して少なくない民意だ。
「誰かにいじめられてたとして、私は『やめて下さい』なんて丁寧にお願いなんかしない。『やめろ!』と声を荒らげる。きっとそういうことだと思う」
その目に映っているのは民主主義の危機だ。
【本文中以降の西さんと礒崎首相補佐官のやりとり】