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慶応大名誉教授・小林節さん 
時代の正体〈123〉合憲論を斬る(下)徹底的に論破し続ける

社会 | 神奈川新聞 | 2015年6月26日(金) 09:42

日本外国特派員協会で海外メディアの質問に答える小林名誉教授(左)=15日
日本外国特派員協会で海外メディアの質問に答える小林名誉教授(左)=15日

 時の人となった憲法学者は多忙を極める。新聞は全国紙から地方紙、テレビは民放各局から取材依頼が舞い込む。写真週刊誌や海外メディアを含めて1日5度取材を受けた日もある。朝から講演会や市民集会をはしごし、夜はBSテレビの討論番組で語る。「きのうの睡眠時間は3時間」。それでも慶応大名誉教授、小林節さんは声を大にする。

 「安倍政権が推し進めようとしている安全保障法制は、違憲だ」

 疲れた様子などみじんもみせない。

 「安倍首相に押されっぱなしだったが、あの日で潮目が変わった」。そう振り返るのは6月4日、参考人として呼ばれた衆院憲法審査会。早稲田大教授の長谷部恭男さん、笹田栄司さんとそろって安保関連法案を「違憲だ」と断じ、波紋が広がった。

 「宅急便の人やタクシーの運転手が声を掛けてくる。道を歩いていたらおばさんから声を掛けられ、サインをしてと言われる。異常な変化だ」

 やはり参考人として立った22日の衆院平和安全法制特別委員会でそう話した。

 自ら切った口火に続き、多くの憲法学者が「違憲」と訴えるようになった。各報道機関の世論調査でも安保関連法案に「反対」「憲法に違反していると思う」という声が大きくなっている。

 「だが」と、表情を引き締める。「これまで情報戦で負けてきたということを忘れてはならない」

望む論争


 他国の戦争に加勢する集団的自衛権の行使を可能にし、自衛隊の任務と活動範囲を拡大させる安保関連法案。違憲とみなす小林さんの主張は明快だ。

 「憲法9条2項で、日本には軍隊と交戦権が与えられていない。だから海外で軍事活動をする道具と法的資格が与えられていない」

 安倍政権はしかし、会期を大幅に延長し、今国会での安保法制整備という旗を降ろしていない。

 望むのは論争だ。

 「合憲派と違憲派の公開討論会を企画してほしい。たとえ相手が負けを認めなくても、聞いている人にはどちらが正しいかが伝わる。安倍政権はいま、憲法に反する法案を通そうとしている。つまり憲法の軽視だ。この暴挙を許せば、権力は暴走をしないよう憲法によって縛られるという立憲主義は崩壊する。この論争で負けるはずがない」

 だが、ここ1年ほど、相手が議論の場に出てこなくなった。雑誌やテレビで集団的自衛権をめぐる対論が企画されてはボツになった。

 ある記者に「自民党が同席したくない言論人に小林さんの名前が挙がっている。小林さんが出るならこちらは出ないと言っている」と教わった。安倍政権の情報戦の一端に触れた思いだった。

 「自分たちの意にそぐわない人物との論争を避け、テレビ局には『公正な報道を求める』と言いながら、自分たちに都合のいい報道をするよう政治介入してきた。その結果、安倍政権に反対する言論人の声が取り上げられなくなったのではいか」

 

判断基準

 かつて「自民党のブレーン」と呼ばれた。自民党の憲法についての勉強会に参加し「護憲的改憲論」を唱えた。自衛隊のできること、できないことを憲法に明記すべきだと訴えた。自衛隊のアフガニスタン、イラク派遣は実質的に戦争に加担していると映った。きちんと歯止めを掛けるために憲法を書き換えるべきだ、という主張だった。

 しかし、議論が深まることはなかった。自民党議員は「明治憲法に戻れ」と繰り返すばかりだった。「毎回、『どうして憲法はわれわれ政治家を縛る対象としているのか』と不愉快そうに言っていた。憲法によって権力を縛る立憲主義の基本すら分かっていない」

 次第に距離を置くようになった。「世襲で権力者になっているような人たちは、自分たちこそが権力であり、判断基準だと思っている。自民党の勉強会に長年付き合って分かったのは、意見が合わないと怒り出す人が多いということ。言うことを聞かないやつは許せない。思う通りにならないと我慢ならない。苦労が足りないんだ」

言葉信じ



 言葉は信じられるすべてだった。「私は左手の指が生まれつきない。小さいころにからかわれ、仲間はずれにされた。いじめられ、強くなりたいと思った。腕力では勝てない。だから議論で立ち向かうようになった」

 弁護士でもある小林さんの原点。大学を定年で辞した昨春から、その活動は学者の枠を超える。慰安婦問題についての記事が捏造(ねつぞう)とされ、名誉を傷つけられたとして裁判を起こした元朝日新聞記者の植村隆さんの弁護団に加わり、東京大空襲の被害者団体のメンバーにもなった。

 「大学を辞めて自由人になり、残りの人生を完全燃焼したい。講演も取材もできる限り受ける。国家相手の情報戦では、休んでいるひまはない」

 その安倍首相をどう見ているのか。「根本は第2次大戦で負けた屈辱を晴らしたいのだろう。日本国憲法は米国から押しつけられたもので、明治憲法に帰ることを目指している。いわば、国威発揚だ」

 その先には何が待つのか。「もう一度、戦争をする日本だ。今回の安保法制の先にあるのは歴史を逆回しした日本の姿。日本の侵略戦争を認めた村山談話を否定したいのも、やはり屈辱を晴らしたいからなのだろう」

 

同じ反論

 安保関連法案をめぐる合憲派の主張はすでに論破したと感じている。だが、自民党は「日本の平和と安全を守るために、憲法の許す範囲で限定的に集団的自衛権を行使することが必要だ」と繰り返す。

 「論争で負けても負けたと認めずに押し切ろうとしている。同じ言葉を繰り返して反論する。それは知的に怠惰だ」

 こうも言う。「同じ主張を繰り返すのは、新しい反論ができないから。政治家は官僚が都合良く理論を思いつくと考えていたが、無理だった。憲法9条の条文をどう読んでも、集団的自衛権を合憲とする理論をひねり出すことはできない」

 今後はどう戦うのか。「うそも100回言えば正義になるというのが、自民党の考え。こちらは正義を10回言って押し返す。そうして世論を変える。世論の支持がなければ、この法律は止まる」

 言葉に力を込める。「安倍政権がやろうとしているのは憲法無視。憲法泥棒、いや憲法強盗だ。暴挙を許してしまうと、この国は独裁国家になってしまう。自民党がそれでも合憲だと反論するなら、憲法学者として徹底的に論破し続ける」


 こばやし・せつ 49年東京生まれ。弁護士。ハーバード大客員研究員、慶応大教授を経て現職。自衛軍を保持し、国際貢献の活動にも取り組むために憲法9条を改正すべきだという改憲論者で、以前は自民党とも近かった。しかし、自民党が2012年4月に発表した改憲草案について「憲法は国家権力を制限するためにある、法は道徳に踏み込まず、といった基本を理解していない」と厳しく指摘。改憲の発議要件を緩和する96条改正論を「裏口入学みたいなものだ」と非難した。憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使を容認する昨年7月の閣議決定にも批判的だった。著書に「タカ派改憲論者はなぜ自説を変えたのか」など。

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