画面上の棒グラフには一定の規則性がうかがえた。「5日ごとに地震が多い。この通りなら次は…」
気象庁より高密度な観測網で箱根山(箱根町)の微小な火山性地震を独自に捉える県温泉地学研究所。地震の推移を見守る専門研究員の板寺一洋(50)は警戒を強めた。
棒グラフが示すのは、日々変動する1日当たりの地震回数だ。今回の活動で地震が最初に急増し、気象庁が「活動のステージが変わった」と判断した5月5日は260回。10日は369回、15日は509回に上った。この3日についてはいずれも地震の回数が前後の日と比べて突出して多く、右肩上がりでもあった。
しかし、一層の増加が不安視された20日は85回。最多の15日の6分の1程度にとどまり、以降は比較的地震の少ない状態が続く。果たして、活動のステージは本当に変わったのか-。
温地研の研究課長、竹中潤(54)は地震観測から噴火の兆候を読み取る難しさを強調する。「地震が少ないからといって安心はできない。しかし、多ければ危険性が高まっているとも言い難い」
個性
2001年以降、相次いで観測される群発地震。箱根山の活動状況を知る重要な手掛かりではあるが、1968年に始まった温地研の観測史上、噴火に移行したケースはない。近年の地震や地殻変動などのデータは豊富だが、直近の噴火は12~13世紀。噴出物の地質調査からさかのぼって解明されたもので、当時の詳しい状況は判明していない。
容易につかめない噴火の前兆、そして活火山ごとに異なる活動の個性-。
御嶽山(長野、岐阜県)では、急増した火山性地震がいったん減少し、約2週間後に特段の地殻変動も見られないまま水蒸気噴火が起きた。警戒が続いていた口永良部島(鹿児島県)では、爆発的噴火の6日前に発生した震度3の地震が前兆だった可能性が後に指摘されたが、箱根山では同程度の地震はたびたび観測されている。
おおむね30年間隔で噴火を繰り返す有珠山(北海道)は直前の地震活動がサインとなるが、そうした規則性を持つ活火山はむしろ少なく、社会が期待する噴火予知には難しさがつきまとう。
膨張
決定的な手法が見つからない中、大涌谷で地表に噴き出す火山ガスの組成変化から活動の高まりを見極めている東海大教授の大場武(54)も「二酸化炭素の比率がどこまで上昇すれば噴火が近いと言えるかは分からない。とにかくガスの採取を続けるしかない」。今月2日の調査時には蒸気井の「暴噴」が弱まっているのを確認。およそ50万年前に活動を始めた箱根山は「いわば年老いた活火山。マグマを噴出させるエネルギーは持っていない」とみる。
一方で、近年の群発地震に伴って膨張した山体は活動終息後も収縮せず、新たな活動によってさらに膨らんでいる可能性が、温地研の衛星利用測位システム(GPS)解析で判明。地下のマグマだまりやその周辺で膨張やガスの蓄積が長期にわたって継続しているとみることもできる。
先行きが見通せず、規制の長期化による観光への影響も懸念されるが、温地研前所長で静岡大客員教授の吉田明夫(70)は訴える。「想定火口域の大涌谷周辺に観光客が気軽に行けるという点が箱根山の対応の難しさだ。しかし、だからこそ安全を重視した火山防災の取り組みが欠かせない。その実践によって、観光地としての評価も高まるはずだ」 =敬称略