わざわざ書くのも恥ずかしいが、高校1年の夏に九州を旅行したとき、よく駅のホームの洗面台で頭を洗った。じっとしているだけでも汗が出てくるほどの猛暑。毎晩の宿は決まって夜行列車の座席だった。さぞ汗臭かったろうと思う。
ホームの、というのは誤記ではない。そのころ九州の大駅のホーム上には、たいてい水場があった。蒸気機関車の時代、降りた客が顔を洗い、歯を磨いて汽車の煤煙を落としたのである。その名残だった。
高校2年のとき、革命的な本に出会った。「全国駅前銭湯情報」(銭湯を愛する旅人の会編)だ。駅に近い銭湯の営業時間、定休日、地図が網羅されていた。編者名から察せられるように、鉄道旅行の好きな人たちが、足で稼いで自主制作したものだった。
「一風呂浴びてから夜行に乗りたいなあ」という思いは、誰もが抱いていたのだ。情報の貴重さもさることながら、作り手の心意気にいたく共感し、以来欠かせぬ旅のお供となった。1週間ぶっ通しで夜行列車に“泊まった”こともあるが、この本のおかげで毎晩湯につかれた。
今や銭湯も夜行列車も退潮著しいが、それでも意地でもそんな旅を続けたい。閉園間近の綱島温泉東京園の大広間に寝転がってぼーっとしながら、決意じみたことを考えた。(さ)