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師岡弁護士がソウルで講演
〈時代の正体〉ヘイト解消法の成立となお残る課題とは

社会 | 神奈川新聞 | 2016年12月20日(火) 18:38

ヘイトスピーチを巡る日本の状況について講演する師岡弁護士(右)=5日、ソウル市内
ヘイトスピーチを巡る日本の状況について講演する師岡弁護士(右)=5日、ソウル市内

【時代の正体取材班=石橋 学】今月5、6日、ソウル市の主催で各国の研究者や非政府組織(NGO)関係者が同市庁ホールに集い、「2016年ソウル人権会議」が開かれた。「差別とヘイトスピーチ(差別扇動表現)」をテーマにしたシンポジウムの壇上に日本から招かれた師岡康子弁護士の姿があった。この問題の第一人者で、NGO外国人人権法連絡会のメンバーとしてヘイトスピーチ解消法成立にも尽力したその人が語ったのは、解消法の成立過程となお残る課題と展望。そこから日本が国際社会から求められている責務と進むべき道筋が浮き彫りになる。スピーチ全文を紹介する。

 在日コリアンに対する差別は、日本が植民地主義の清算を行わないままにきたことを背景として、戦後もずっと続いてきました。現在も依然として公的、私的な差別があり、ヘイトスピーチ、ヘイトクライム(憎悪犯罪)も散発的、個人的な形態で続いてきました。

 しかし、これまで日本政府は深刻な差別があること自体を認めず、差別禁止法もない状態です。また、国内人権機関や個人通報制度など、国際人権規約と人種差別撤廃条約が求める人種差別撤廃政策と法整備を一切行ってきませんでした。

 2012年末には第2次安倍政権が発足し、それ以降、在日コリアン集住地区を中心にレイシスト(差別主義者)集団による公然の差別デモ・差別街宣が急増しました。

 例えば、何百人で東京の新大久保など在日コリアンの多い地域へ行き、「韓国人を皆殺しにしろ」「ゴキブリ出て行け」などと発言するデモが行われていました。その数は年平均400件に上り、日常化しました。

 警察は表現の自由としてヘイトデモを守り、抗議のカウンター活動に集まった人たちをデモの妨害者として敵視し、より多く逮捕していました。

胸を打つ訴えが転機に



 13年初め以降、ヘイトスピーチもひどくなりましたが、現場で抗議するカウンター活動も強まりました。3月には民主党(現民進党)の有田芳生参院議員を中心に、国会議員有志がヘイトスピーチを批判する院内集会が開かれました。

 また、NGOは日本が1995年に加入した人種差別撤廃条約を具体化する反人種差別法、差別禁止法を求める運動をしてきましたが、さらに調査活動やロビイング、集会開催などさまざまな活動を活発化しました。

 2013年10月にはレイシスト集団が京都にある朝鮮学校前で差別的街宣・デモを行った事件に対し、人種差別撤廃条約の定める人種差別に当たるとする画期的な判決が京都地裁で出ました。

 翌14年4月には、民主党を中心に超党派の人種差別撤廃基本法を求める議員連盟が設立されました。

 7月には京都朝鮮学校襲撃事件の一審判決を支持する高裁判決が出されました。それを受けて大阪市長がヘイトスピーチ対策の条例を検討すると表明しました。7月末には国連自由権規約委員会、翌8月には国連人種差別撤廃委員会による日本政府報告書の審査がありました。そこではヘイトスピーチ、ヘイトクライムを法規制するべきだという厳しい勧告が出ました。

 これらの国内外の強い批判を受けて与党も動きだし、8月には自民党、9月には公明党にヘイトスピーチ対策プロジェクトチームが作られました。

 9月以降は、東京都国立市議会を皮切りに、国に対策を求める意見書が続々と出されました。その数は16年5月末の時点で全国約1800の地方公共団体のうち300を超えました。

 15年5月、前述の議員連盟所属の野党議員7名が参議院に人種差別撤廃施策推進法案を提出しました。ヘイトスピーチは人種差別の一形態であることから、国と地方公共団体が人種差別撤廃条約上の責務を果たすため、差別の禁止を宣言し、政府の基本方針策定、国会への年次報告、実態調査、被害当事者の意見聴取、内閣府への審議会新設、財政措置などを定める人種差別撤廃基本法案です。人種差別撤廃に関わるほぼすべての団体がこの法案を支持しました。

 この野党法案は8月6日に参院法務委員会で審議入りしましたが、その後は与党の自民・公明両党と、野党の民主、維新の4党の非公開の協議となりました。そこで自民党からヘイトスピーチだけでなく人種差別全体を扱うのは広すぎる、差別禁止規定は表現の自由の問題があるといった批判が表明されました。それでも世論への配慮から、基本法案は廃案にはならずに継続審議となりました。

 この時点で自民党の一部が強く反対しており、法案の成否は不透明でした。他方、年末に法務省が発表した16年度予算案の中で、20年の東京五輪・パラリンピックまでに「人権大国・日本」を実現することが初めて目標として打ち出されました。

 そして今年1月15日、大阪市でヘイトスピーチ抑止条例が成立しました。人種もしくは民族を理由とするヘイトスピーチに対し、専門家による審査会を設置し、審査会の意見を聞いた上で市長がヘイトスピーチか否かを認定し、氏名と内容を公表する仕組みです。

 3月22日には参院法務委員会で野党法案に関する参考人質問が行われました。そこで川崎市の在日コリアン集住地区に住む在日コリアン3世の女性がヘイトスピーチ被害を訴えて、与野党の国会議員の胸を打ちました。31日には参院法務委員会所属の国会議員10人が川崎市のヘイトデモの被害現場を視察し、1世のハルモニや4世の中学生の話も直接聞きました。

 これらを受けて与党両党は4月8日、野党法案に対する対案として、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」案を参院に提出しました。与野党で議論し、法案を一部修正し、参院・衆院両法務委員会では全会派一致で付帯決議をつけた上で可決しました。付帯決議には法的拘束力はありませんが、解釈の指針になります。最終的に、5月24日に衆院本会議で賛成多数で可決され、6月3日に施行されました。なお、野党法案は否決されました。

反差別がスタンダードに



 それでは、ヘイトスピーチ解消法の概要を説明します。

 解消法はNGOや野党が求めていたような人種差別撤廃基本法ではありません。在日外国人に対するヘイトスピーチの解消に特化した理念法です。

 前文ではヘイトスピーチが対象者に「多大な苦痛を強いられるとともに、当該地域社会に深刻な亀裂を生じさせている」との害悪を認め、ヘイトスピーチは「許されない」ことを宣言しています。

 1条は目的として、ヘイトスピーチの「解消が喫緊の課題」であることから、解消に向けた取り組みを推進するとしています。

 2条は定義規定で、「本邦外出身者」とは、外国の出身者とその子孫で、適法に居住するものとしています。また、「不当な差別的言動」とは、差別的意識を助長しまたは誘発する目的で、外国の出身であることを理由として、地域社会から排除することを扇動するものとしています。

 3条は基本理念として、国民が「不当な差別的言動のない社会の実現に寄与する」よう努めることを求めています。

 4条は責務として、国は「解消に向けた取組に関する施策を実施」し、地方公共団体は「地域の実情に応じた施策を講ずるよう努めるものとする」とされています。

 5条から7条では「基本的施策」として、相談体制の整備、教育の充実など、啓発活動などを抽象的に挙げています。

 付則の2条には、野党との協議の結果、今後ヘイトスピーチの実態などを検討してこの法律を見直すとの条項が入りました。

 付帯決議1項では、憲法及び人種差別撤廃条約の趣旨に照らし、解消法2条の定義以外のヘイトスピーチも許されないとし、2項では、ヘイトスピーチにより深刻な地域社会の亀裂が生じている地方公共団体では国と同様の責務を負うとし、3項ではインターネット上のヘイトスピーチ解消に取り組むとされました。

 ここまで紹介してきたように、この法律は抽象的な理念法で、禁止条項などはありません。それでも日本が初めて在日外国人に対する「差別的言動」の深刻な被害を認め、国と地方公共団体が解消に向けた取り組みを推進することを目的とするもので、日本で初めての反人種差別法です。これまで日本には在日外国人の人権保障を目的とする法律はなかったのです。

 解消法により国が反差別の立場に立ち、反差別が国と社会の標準、スタンダードとなったことの意義は大きく、すでに効果が表れています。

 成立直後の5月30日、川崎市は、差別主義者がヘイトスピーチ目的の集会のために出した市立公園の利用申請を許可しませんでした。6月2日には、横浜地裁川崎支部が、川崎の在日コリアン集住地域周辺でのヘイトデモ禁止の仮処分決定を行いました。

 ヘイトデモの現場で警察はカウンターへの敵視をやめ、レイシストの側にヘイトスピーチをやめるよう呼び掛けるようになりました。法務省人権擁護局はヘイトスピーチ対策チームをつくり、9月30日には関連省庁と13自治体が対策のための会議を開いて情報交換をしました。また、同局は、インターネット上のヘイトスピーチ被害者から申し立てがあった場合には、1カ月程度で、被害者に代わりプロバイダーに削除要請を行い、一部削除されています。

解消法の限界と今後の課題



 ヘイトスピーチ解消法の一番の問題点は、保護する対象を「適法に居住するもの」と限定していることです。この条件は差別的であり、人種差別撤廃条約違反です。NGOは付帯条項を解釈指針として、この条件を無効なものとして扱うよう求めています。

 また、野党法案と異なり、保護の対象が在日外国人に限定されていること、差別禁止規定がないこと、国が基本方針を立てて国会に報告する仕組みや専門家による審議会設置などの制度がないこと、具体的施策がないこと、財政措置がないことなど、人種差別撤廃条約によって求められている人種差別撤廃政策からすると大変不十分なものです。

 それでも、解消法は付帯決議によって人種差別撤廃条約の責務を果たすための法と位置付けられており、国がその責務を果たす第一歩と認めたものと理解しています。なので、出発点として解消法をできる限り活用し、具体的施策を国と地方公共団体に求めています。

 国に対しては、インターネット上の差別をあおるデマに対し公的に否定する啓発活動を行うこと、個人だけではなく特定の民族などに対するヘイトスピーチに対する申し立てにも対応すべきこと、そのための制度を設けること、学校の授業でヘイトスピーチについて教えることなどを求めて交渉中です。

 地方公共団体に対しては、解消法は抽象的なので、責務を具体化し、法を実効化する条例制定を求めています。すでに大阪市には条例があるので、それをモデルに条例を作る方法もあります。また、人種差別撤廃条約が求めているものを具体化する観点から、より進んだ内容の人種差別撤廃条例を求める取組もあります。この点、自治体労働者の全国組合である自治労は10月にモデルとなる人種差別撤廃条例要綱試案を作り、発表しました。

 市民団体が熱心に活動している川崎市では、今年7月、市長が市人権施策推進協議会にヘイトスピーチ対策を諮問しました。協議の結果、12月末に、人種差別目的の場合には公共施設の利用を制限するガイドラインを作ること、インターネット上の被害救済を行うこと、人種差別を撤廃する条例を制定することなどを内容とする答申が出る予定です。そのほか、京都府、神戸市、札幌市などいくつかの地方公共団体で、市民が条例を求める、または自治体が条例を作る取り組みがなされています。

 さらに、人種差別撤廃にはヘイトスピーチ解消法だけでは限界があるので、次のステップとして来年、再度、人種差別撤廃基本法制定を求める予定です。法務省が現在、国として初めて外国人の人権に関するアンケートを全国1万8500人を対象に実施中で、結果が17年3月には発表されます。そこで入居差別、就職差別などヘイトスピーチ以外の差別の実態も明らかになるはずです。

 また、来年1月までに政府は国連人種差別撤廃委員会に対し、委員会の勧告を踏まえた報告書を提出しなければならず、その内容を巡ってもNGOが交渉中です。

 私たちは、国内外の世論を力に国際人権基準に合致する、人種差別撤廃条約の義務を具体化する人種差別撤廃政策と法整備を求めています。政府、行政は東京五輪・パラリンピック成功のため、何らかの法整備を迫られていますが、「人権『大国』」実現のためには、まずは条約上の義務を果たすことが不可欠です。形式的、アリバイ的なものに終わらせず、差別根絶にむけ実効性あるものにすることが重要です。

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