1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 時代の正体〈84〉戦史が語る破局への道

戦史紛争史研究家・山崎雅弘さん
時代の正体〈84〉戦史が語る破局への道

社会 | 神奈川新聞 | 2015年4月29日(水) 10:14

山崎雅弘さん
山崎雅弘さん

 肩書は戦史・紛争史研究家。戦争へ向かう道のり、あるいは戦中の世相を古今東西の国々の史実に追ってきた。その目には、この国のありようが一つの方向へ急速に変化しているように映る。「もう後戻りできないところまで来ているのかもしれないが」。山崎雅弘さん(47)は迫り来る時代の闇を感じている。

 大阪、奈良のベッドタウンとしても知られる三重県名張市の閑静な住宅街、千冊を蔵書する自宅書斎で戦史シミュレーションのボードゲームを机いっぱいに広げた。

 「その時代の政治体制や世相、文化に目を配って作り込んでこそいいゲームになる」

 戦史・紛争史に興味を持つきっかけは中学生時代に仲間と熱中した戦争ゲームだと笑う。出版、印刷業界で働き、パソコンでデザインや編集ができるようになるとゲームを自作し、販売するまでになった。
 「よく『そういう趣味の人は好戦的な人が多い』とみられるが、戦争を軍事という一面からしか捉えていない見方だ」
 
 例えばベトナム戦争。米国は圧倒的で近代的な兵力、武器・弾薬をつぎ込んだが、民衆の粘り強い抵抗の前に勝利を収めることはできなかった。
 「人々が何を考え、欲しているのか。文化や経済、風習、庶民の生活もまた戦争の要素になる」

 日本社会の様相の移ろいにだから、目を凝らしてきた。
 


 安倍晋三首相が政権の座に返り咲いて2年余り。確かな変化がある。
 在日コリアンを差別し、排斥を唱えるヘイトスピーチがインターネット上だけでなく、路上で公然と叫ばれるようになった。政府もそれを黙認し、野放しにしている。
 
 中国、韓国を名指しし、その国民や習慣をおとしめる「嫌中・嫌韓本」と呼ばれる書籍が出回るようになった。一方で日本や日本人を素晴らしい存在だとたたえるテレビ番組が増えた。
 
 注視してきたのは変化の「方向性」と「速度」。安倍首相の言動に重なった。繰り返される「日本を取り戻す」。強い響きの言葉は「戦前、戦中に日本を席巻したキーワードと重なる」。
 
 自国礼賛、民族主義の勃興、特定の他国や他民族への敵意、国家体制を優先する思想の台頭-。
 
 さまざまな紛争の歴史を研究してきた山崎さんにとって、その先に何が待つのかを想像するのは難しいことではなかった。
 
 「この国の人々は戦後70年間、自尊心のよりどころを国の姿に求めることはなかった。それがわずか2年余りで再起動している」
 



 危うさを感じるようになったのは2012年4月、自民党の憲法改正草案に接してからだった。

 「この国の価値判断の基準を根底から変える文言がちりばめられている」
 
 幸福追求権を定めた13条は、現行憲法では〈すべて国民は、個人として尊重される〉とあるが、改正草案では〈個人〉を〈人〉に言い換えている。
 
 違和感を覚えた。「一人一人の個人ではなく、ひとまとまりの『人』として扱うということではないか」
 
 表現の自由を定めた21条には、こう付け加える。
 〈公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない〉
 
 「時の権力者が『敵』とみなせば自由を奪うことができるということ。改正草案は国民より国家体制を重視する内容になっている」。それは国民の命の重さが変わることを意味する。守られるべきは命より、国家としての国。
 
 政権はいま、安全保障環境の変化、つまり隣国の脅威から国を守るために安保法制改定を進める。先立つ集団的自衛権の行使容認は憲法9条を骨抜きにし、実際の憲法改正に向けた布石に映る。
 
 「戦争なんか起きないと思っている人は多い。私もそう思いたい」
 
 山崎さんは「だが」と、強調する。「戦史をひもとけば、ちょっとした出来事が発端となり、局地的な混乱から国家間の紛争、そして戦争へ発展した例は数多い」

 悲劇はそれだけに終わらない。
 
 「終わらせるのは途方もなく大変だ。戦前、戦中と国民を戦争へと向かわせ、反対する言論を封じ、国全体を高揚させているからだ。権力者にとっては下手な終わらせ方をすれば自らの立場が危うくなる。少しだけ手を出し、良いタイミングで退けばいいという考えは通用しない」
 



 では、破局の兆候はどこにあり、引き返せる地点はどこにあるのか。
 
 「戦争の以前、決まって国民の権利や自由が制限され、侵害され始める」

 思い当たる出来事はやはりこの2年で起きている。国家機密を漏えいした者に重罰を科す特定秘密保護法が制定、施行された。
 
 「それはメディアの機能不全から始まる。萎縮し、当たり障りのないことだけを報じるようになる。もう始まっていると言っていいかもしれないが」
 
 テレビ朝日は28日、「報道ステーション」に出演した元官僚の古賀茂明氏が官邸を批判した問題で報道局幹部らの処分を発表した。自民党がテレ朝幹部を呼び出し、聴取したのは2週間前のことだ。
 
 ツイッターやフェイスブックを使って警句を発信し続ける山崎さんは「気付いた人がただちにあらがっていかなければならない。先送りすればするほど、しづらくなっていく」と危機感を込める。
 
 安倍首相が日米首脳会談に臨んだこの日、ツイッターでつぶやいた。
 
 〈米NYT記事、「安倍政権が日本国内の大手メディアに圧力をかけ続けている」という認識は、国際社会では「常識」になりつつある。古賀氏の「I am not Abe」は、海外メディアへの訴求力を計算されたフレーズだと思う。ドイツのFAZなど、非英語圏のメディアも自国語に訳して報じている〉
 
 〈外務省は27日、米紙ニューヨーク・タイムズが20日付の社説で安倍政権を「歴史を粉飾しようとすることで、問題を複雑化させてきた」などと論評したことに対し、川村泰久・外務報道官が反論を投稿したと明らかにした(朝日)必要なのは反論じゃない〉
 
 国際社会からの孤立が招く破局的悲劇もまた、いつか来た道であり、世界の戦史が語っているところだ。

 やまざき・まさひろ 1967年大阪府生まれ。著書に「世界は『太平洋戦争』とどう向き合ったか」(学研パブリッシング)、「中東戦争全史」(同)、「山崎雅弘 戦史ノートシリーズ」(電子書籍、六角堂出版)など。

憲法に関するその他のニュース

社会に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング