
自ら立ち上げた民間シンクタンクは名付けて「新外交イニシアティブ」。事務局長の弁護士、猿田佐世さん(38)は「新しい外交」を掲げ、新たな道を切り開かんと志す。裏返しとして浮かび上がる旧来の外交のいびつさ。外交という専門性、閉鎖性の高い政治の領域に風穴をあける試みである。
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週刊文春の最新号は沖縄県庁関係者のコメントを引き、猿田さんの活動を評した。
〈「政府からみれば、『喧嘩の仕方を吹き込んでいる』と見えるはずです」〉
「沖縄のタブー 翁長知事を暴走させる中国・過激派・美人弁護士」のタイトルも躍った記事。沖縄・普天間基地移設問題をめぐり、政府との対決姿勢を鮮明にする翁長雄志知事と関係を深めていることを批判的なトーンで書かれていた。
「批判する人たちにとって無視しがたい、意味のあることをしているということだ」
柔らかな笑みに、「新しい外交」を切り開こうという孤高の志がのぞいた。
■知日派偏在
学生時代から国際人権団体に身を置き、活動してきた。
外交の舞台における日米関係の「いびつさ」を痛感したのは2009年、沖縄の基地問題について知ってもらおうと米下院外交委員会のアジア・太平洋小委員会委員長を訪れたときのことだった。
委員長の口から出たのは「沖縄の人口は2千人くらいか?」という質問だった。正解は約140万人。
「信じられないほど日本の情報は限られ、偏っている。安全保障など日本の政治に詳しい人物はワシントンに30人いるかどうか。主だった人は5、6人。私たちの知る日本と、ワシントンで語られる日本はまったく別物だった」
冷戦崩壊後、米国における日本への関心低下は著しい。アジアにおける中国の存在感が増し、中東では米国主導の戦火がやまない状況がある。
日米同盟の大切さを声高に語る日本側と米側に横たわる温度差。日本政府や一部の国会議員、大企業は知日派とされる限られた要人とのパイプを頼り、日本の意向を伝える。そして、関心が薄いがゆえに少数派としての知日派の声が政策に反映されてゆく。
結果、限られた存在であるはずの知日派の発言が日本の政策にも影響力を増してゆくという構図。特定秘密保護法の制定・施行も、集団的自衛権の行使容認も、ワシントンの知日派が12年8月に作成したリポートに政策提言として盛り込まれていた。
自らが発した言葉が大きくなって返ってくる-。
戦後70年続けられてきたこの仕組みを猿田さんはだから、「ワシントン拡声器」と名付けた。
■外交の正体
拡声器の威力を実感する出来事があった。
14年5月、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先、名護市の稲嶺進市長の2度目の訪米を猿田さんがアレンジした。
市長はワシントンで移設反対の立場を表明した。ニューヨーク・タイムズやフランス通信社AFPといった世界的なメディアが大きなニュースとして扱い、イランのメディアからも電話取材を申し込んできた。「ワシントン発という強みにほかならなかった」
同じ5月、米国務省前に日本の報道陣を見かけた。中心に自民党の国会議員がいた。後にニュースを見て何をしていたかが分かった。知日派とされるキャンベル前国務次官補やアーミテージ元国務副長官、マイケル・グリーン元国家安全保障会議アジア上級部長が、自民党の衆院議員に「集団的自衛権行使容認を閣議決定することを100パーセント支持すると語った」と報じられていた。
「要は、国会議員が知日派とされるお決まりの要人に話を聞きに行き、必要とするコメントを引き出す。日本のメディアもそれを分かった上でワシントン発として報じる。完全に予定調和としてやっている」
外交と称されているものの正体-。「『日米外交』とは想像以上に単純な構造で、それは私たちも利用することのできる仕組みだった。これを使わない手はない。『ワシントン発』の影響は大きく、効果的で効率的な新しい方法でもある」
■作為的緊張
「伝言ゲーム」の限界を感じてきた。例えば在日米軍基地の問題。危険性を地元市町村に訴える。その声は都道府県へ届けられ、県から地元の防衛施設庁へ、さらに防衛省に伝えられる。しかし、防衛省が米国にもの申すことはきっとない。
ならば直接働きかければいい。沖縄の首長を米国の知日派に引き合わせる「新しい外交」を志向するようになったのは、そのためだ。
沖縄の基地問題をめぐっては、1960年代後半に沖縄返還に関する米政府の交渉担当者を務めたモートン・ハルペリン氏を日本に招き、記者会見や講演をセッティングした。「民主的意思に反して基地を造るのは問題だ」と痛烈に批判する発言がメディアに躍った。
目下、焦眉の急は、集団的自衛権の行使容認を踏まえた安保法制改定の動きにどう対応するか。
安倍晋三政権は「アジア太平洋地域の安全保障環境は一層厳しさを増している」と安保法制改定の必要性を唱える。本当に必要だろうか。「靖国神社へ参拝し、従軍慰安婦問題では、政府の責任を認め謝罪を表明した河野談話の検証をし直すと発言するなど、自らの歴史認識を披歴し、むしろ緊張を高めた。その上、高まった緊張に対応が必要だとして集団的自衛権の行使を容認し、法整備を進めようとしている」
矛盾に満ちたマッチポンプの先に透けて見える、別の狙い。危機をあおり、安倍首相の悲願である憲法改正へつなげたい思惑を感じる。
「私たちが目指しているのは、米国で影響力ある人物に日本の多様な意見を直接伝えること」。画一な意見、視野狭窄が招く隘路は沖縄の基地問題に明らかだ。
立ち上げたシンクタンクは会員からの年会費1万2千円で支えられている。設立から1年半余り、会員も増え、スタッフの大半は20、30代で、ボランティアも若者が占める。
「日本は外圧に弱いといわれるが、そうであるなら、その外圧を私たちでつくってやろうということ」
質の高い研究と行動力、そして政治を自らの手に取り戻すことが新しい道を切り開くと信じている。
◆新外交イニシアティブ
日米、東アジア地域の外交、政治の現場に多様な意見を反映させるため、政策提言・情報発信するシンクタンクとして2013年8月設立。研究テーマは在日米軍基地、日米地位協定、領土、歴史認識の問題など。理事に元内閣官房副長官補の柳沢協二さん、ジャーナリストの鳥越俊太郎さん、米ジョージ・ワシントン大教授のマイク・モチヅキさんが名を連ねる。
●さるた・さよ
1999年早稲田大法学部卒、タンザニア難民キャンプのNGO活動などを経て2002年弁護士登録。08年米コロンビア大ロースクールで法学修士号取得。09年米国ニューヨーク州弁護士登録。12年米アメリカン大国際関係学部で国際政治・国際紛争解決学修士号取得。大学時代から現在までアムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチなど国際人権団体で活動。ワシントンでのロビーイングのほか、日本の国会議員の訪米を企画、実施。稲嶺進名護市長の2度の訪米を企画運営し、米議員・米政府面談を設定した。米シンクタンクでのシンポジウムや米国連邦議会で院内集会なども開催。愛知県出身。
