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東大大学院教授・森肇志さん
時代の正体〈81〉国民に委ねられた選択

社会 | 神奈川新聞 | 2015年4月12日(日) 14:00

森肇志教授
森肇志教授

 自衛隊法をはじめ安全保障法制の改正案が5月にも国会へ提出される。集団的自衛権の行使を容認した閣議決定を踏まえた戦後日本の大転換。その意義はどこにあり、「戦争ができる国」になることへの懸念はないのか。国際法の観点から自衛権を研究し「変容する国際情勢に備えるため、行使容認は妥当」との立場を取る東大大学院の森肇志教授(45)に問いを重ねた。

 -新たな安保法制によって日本は、直接攻撃されていなくても他国の戦争に加わることができる国、つまり「戦争ができる国」になる。

 「押さえておきたいのは集団的自衛権は国連憲章で認められた権利だということだ。憲章では武力行使は原則禁止されているが、武力攻撃を受けた場合、国連安全保障理事会が必要な措置を取るまでの間、例外的に個別的自衛権と集団的自衛権の行使が認められている。これは二つの大戦を踏まえた、世界の安全保障の基本的な考え方だ」

 -認められているからといって、必ずしもその権利を手に取らなければならないわけではないはずだ。

 「1990年の湾岸戦争ではイラクがクウェートに侵攻した際、国連安保理が個別的・集団的自衛権を確認し、多国籍軍による武力行使が容認された。91年1月の戦闘開始から2カ月足らずでイラクを撤退させた。当時の日本は『集団的自衛権は行使できない』などとして多国籍軍には参加しなかった。日本の国益や外交に損失を与えたはずだ」

 -ただ、戦争は常に「自衛」の名の下になされてきた歴史もある。

 「確かに集団的自衛権はもろ刃の剣だ。歴史的にみても乱用の危険を内包していると言える。特に冷戦期には一国内で始まった内戦に対して、集団的自衛権を根拠に大国が干渉していった例が少なくない」

 -具体的には。

 「65年に始まったベトナム戦争では、米国が軍事的関与を集団的自衛権によって正当化しようとした。実際に起きていたベトナムでの武力紛争は(当初は)内戦に当たり、南ベトナム政権は米国の傀儡国家だと批判された。79年にソ連がアフガニスタンへ軍事介入したケースでも、介入を要請した政府がソ連の傀儡政権だったと、後に指摘された」

 -そうであるなら、行使容認には慎重であるべきでは。

 「そうした二者択一の議論は短絡的だろう。乱用の危険を内包しつつも、集団的自衛権には抑止効果があるとされている」

 -閣議決定された政府見解では新3要件を満たせば、集団的自衛権の行使も憲法上可能とした。ただ抽象的な文言で、恣意的な判断の余地を残してはいないか。

 「閣議決定では相当限定的にしか行使を認めていない。『わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合』という『存立危機事態』か否かの判断が分かれ目となるが、今後の法整備や国会の議論の中で具体的にどのような場合に行使でき、行使できないのかを詰めていくことは重要だ」

 「現実には発生した事案に対して個別的に判断していくことになる。完全に類型化して行使の可否を事前に定めることは難しいだろう。ただ、国会の事前・事後の承認を必須条件にすれば、それが大きな歯止めになるだろう」

民主主義とは


 -国会の承認は政権与党が衆院で3分の2以上の議席を確保している現状では歯止めになり得ないのではないか。

 「われわれは最終的に民主主義に決断を委ねている。そこが信用できない、不安だというのは、つまり自らの民主主義を信用していないということではないだろうか」

 -2014年12月の総選挙の投票率は戦後最低だった。民主主義は戦後70年を経て相当劣化しているのではないか。国の存亡がかかる事態に直面し、国会や政権の決断に委ねるというのは、危うくないか。

 「国民が民主主義と向き合い政治的関心を高め、民意を反映した政治が行われた上で、安保法制が具体化されるのが理想だろう。だがそれにはどれだけの時間がかかるのか」

 -時間の問題なのだろうか。その意味で政権の進め方は拙速ではないか。

 「国際情勢はここ数年で大きく変容している。特に日本にとって中国の海洋進出は大きな出来事だ。東シナ海や南シナ海への進出を強めているのは明らかで、フィリピンやベトナムと衝突している事例もある。それは踏まえれば必ずしも拙速とは思わない」

 「ただそれは、民主主義の質を高めていく必要がないという意味ではない。安全保障体制を整え、備えると同時に、絶え間なく民主主義と向き合っていく努力は欠かせない」

 -日本が集団的自衛権を行使できるようになることでアジアの緊張を高めることにつながり、軍拡競争を引き起こすのではないか。

 「あくまで備えるということだ。『行使できる』と『行使する』は同義ではない。備えた上で行使しないために何ができるのか、全力で考えるという選択があっていい。ただしその選択も国民が決めることであって、つまり民主主義のありように委ねられているといえる。マスメディアを含め、国民全体の資質が問われている」

もり・ただし
 1992年東大法学部卒、2000年東京都立大法学部助教授などを経て、10年東大大学院法学政治学研究科准教授、11年から同教授。著書に「自衛権の基層」(東京大学出版会)。国際法上の自衛権概念の研究が評価され11年に日本学士院学術奨励賞受賞。専門は国際法。愛知県出身。

国連憲章第51条


 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和および安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的または集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当たって加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和および安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基づく権能および責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

集団的自衛権の乱用とされる事例


 【ハンガリー動乱】1956年、同国で起こった反政府デモに対し、ソ連がハンガリー政府の要請があったとして集団的自衛権を根拠に民衆を鎮圧。この要請が正当な政府によるものかについて疑義があるとされている。

 【チェコスロバキア動乱】68年、同国の民主化運動をソ連や東欧諸国などワルシャワ条約機構が鎮圧した。ソ連は軍事介入についてチェコスロバキア政府の要請があったと安保理で説明したが、同国政府はこれを否定した。

 【ニカラグア事件】同国での内戦で米国が反政府勢力を支援、部隊を訓練し、ニカラグアを攻撃させたとして、同国が84年、国際司法裁判所に提訴。米国はニカラグアによる周辺国への侵略に対し、周辺国の要請に応じて集団的自衛権を行使した、と主張した。同裁判所は「被害国が被害を宣言し、第三国に援助を要請することが集団的自衛権を行使するための要件」だとし、米国への要請は適切な時期になされていないとして、米国の主張を退けた。

閣議決定による武力行使の「新3要件」

(1)わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること(2)これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。

 従来の政府見解と異なるのは(1)の後段部分「または」以下で「他国に対する武力攻撃」の場合でも日本による武力行使を認めた点で、集団的自衛権の行使を憲法上容認したとされる。

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