男子生徒(13)が通っていた川崎市立中学校の校長室だよりに、同校の「いじめ・暴力撲滅標語」の一節が引用されている。発行は2月3日。その17日後、男子生徒は同市川崎区の多摩川河川敷で、遺体で発見された。
男子生徒は昨年夏にバスケットボール部の活動から遠ざかり、秋ごろには他校の生徒との付き合いが確認されていた。今年1月からは一度も登校していなかった。男子生徒が事件前、顔に大きなあざをつくっていたことを、何人もの同級生が知っていた。SOSは、発せられていたはずだった。
「把握していない」「把握できていない」。殺人容疑で17~18歳の少年3人が逮捕された2月27日、同校の校長は、事件直前の男子生徒の状況について、そう繰り返すばかりだった。
「普通に学校へ来て勉強している生徒とすら、つながってないのではないか」。市内の小中学校で問題行動のある児童生徒の対処法をアドバイスしてきた男性医師は、学校側の情報収集力を疑問視する。「突然不登校になったのなら、同級生に『(男子生徒のことを)教えてくれ』ともっと聞くべきだった」
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89・83%。2014年度の川崎地区の公立中学校の部活動加入率だ。県中学校体育連盟の調査によると、県平均の85・59%を大きく上回り県内8地区でトップに立つ。
その“原点”は、校内暴力が多発し「荒れる学校」と評された1980年代にある。積極的に部活動に生徒を参加させ、それまで校外で過ごしていた放課後も校内で活動させることで、学校の立て直しを図ってきた。
生徒指導の一環にも位置付けられていた部活動だが、途中で退部すればどうなるか。あるベテラン教諭は「今の川崎では、学校を中心とした生活習慣からも外れやすくなるリスクを負う」と指摘する。特に放課後、部活動に参加しない生徒は圧倒的な少数派になる。「明確な目的のある生徒ならば別」というが、男子生徒は学校外の友人との交友を深めていった。
部活動加入率が高い川崎の学校環境からすれば、部活動に姿を見せなくなったことは「顧問や担任にとって重大な問題」とこのベテラン教諭。「説得して部に戻せないまでも、学校に引き付ける努力はできなかったか」と、同じ教員として悔やしさをにじませた。
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川崎市教育委員会はここ数年、いじめ対策に力を入れている。10年6月、市立中3年の男子生徒=当時(14)=が「友人をいじめから救えなかった」との遺書を残して自殺したのが契機だ。「児童生徒指導点検強化月間」を設けるなど、未然防止や早期発見への取り組みを進めてきた。
男子生徒の中学校でも、校長をトップとする「校内いじめ防止対策会議」を設けて情報収集や具体的な年間計画の作成、実行に当たってきた。
その半面、「不登校対策は立ち遅れていた」とこのベテラン教諭は指摘する。特に中学1年は、環境の変化や勉強、友人問題を理由に不登校が急増する時期。男子生徒が学校に来なくなった際、担任教諭は自宅などに電話をかけ続けたが、男子生徒と会話できたのは事件4日前の1度だけだった。5回の家庭訪問でも直接会えなかった。
「立ち直らせるためにとことん付き合うところまで、なかなか踏み込めていない」。このベテラン教諭は、自戒を込めてそう話した。
【神奈川新聞】