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「紅蓮の炎、体震え」 川崎大空襲70年で記録展

社会 | 神奈川新聞 | 2015年3月15日(日) 11:22

自作の絵を手に戦争体験を語る中野さん=川崎市中原区の市平和館
自作の絵を手に戦争体験を語る中野さん=川崎市中原区の市平和館

 「もう二度と戦争はしたくない」-。およそ千人が犠牲になったとされる川崎大空襲から4月で70年。戦争の悲惨さ、平和の尊さを語り継ぐ催しが14日、川崎市中原区の市平和館で開かれ、被災者で市民グループ「川崎中原の空襲・戦災を記録する会」のメンバー、中野幹夫さん(79)が生々しい記憶の一端を明かした。

 「どうか神様、助けてください」。当時9歳の少年は庭の防空壕(ごう)で息を潜め、そう念じたという。1945年4月15日夜、自宅のあった中原区上空にB29戦闘機が相次いで飛来。降り注ぐ焼夷(しょうい)弾の恐怖に耐えた3時間余りを、今も忘れない。

 警報が解除され、暗闇だったはずの外はまさに「紅蓮(ぐれん)の炎」(中野さん)。油のにおいが立ち込め、喉は渇きっぱなし。畑に開いた大きな穴にがくぜんとさせられ、「歯はガクガクし、しばらく体の震えが止まらなかった」。

 当時、軍需工場が集積していた中原区周辺は、米軍の主要な攻撃目標となった。米軍の記録によれば、来襲したB29戦闘機は194機。焼夷弾1万2748発などが投下された。太平洋戦争の空襲による市内の死者約千人、負傷者約1万5千人の大半は、この夜の被害とみられている。

 自作のイラストを手に、紙芝居形式で戦争の恐怖を伝え続ける語り部は、6月で80歳。この日は、「もう一年早く終わっていれば、(全国で)50万人の人が空襲の犠牲にならなくて済んだのに」と結んだ。

 催しは、この日から同館で始まった「川崎大空襲記録展」の一環。会場には、焼け野原と化した川崎の街や国民学校に通う子どもたちの生活など約100枚のパネルが並び、当時を伝える。5月6日までで入場無料。開館時間は午前9時~午後5時(月曜日と第3火曜日休館)。問い合わせは、同館電話044(433)0171。

【神奈川新聞】

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