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元経産省官僚・古賀茂明さん
時代の正体〈73〉「イスラム国」は問う(8)「米国追従」は危険

社会 | 神奈川新聞 | 2015年3月6日(金) 03:00

古賀茂明さん
古賀茂明さん

 邦人2人が殺害された過激派組織「イスラム国」による人質事件。最悪の結果に元経済産業省官僚の古賀茂明さんは胸騒ぎを覚える。事件を機に政治信条を前面に押し出す安倍晋三首相の思惑がはや、あらわになっているからだ。

 湯川遥菜さんと後藤健二さんが人質となっている映像が確認されてから9日後の1月29日、衆院予算委員会。安倍首相は「領域国の受け入れ同意があれば、自衛隊の持てる能力を生かし、救出に対して対応できるようにすることは国の責任だ」と述べ、自衛隊による在外邦人の救出のための法整備に意欲を示した。

 仮に法整備された場合、同様のケースで自衛隊の派遣は現実的なのだろうか。

 古賀さんは「領域国の受け入れ同意が必要であるなら、今回の場合、自衛隊の派遣はできないでしょう」と見立てる。「シリアは米国の敵対国。つまり日本政府も敵とみなしている。後藤さんはシリアで拘束されていたので、仮に法律を変えたとしても『敵対している国に自衛隊は派遣できない』というのが政府の説明です」

 一方、仮に邦人が拘束された場所がイラクだったなら、「派遣はあり得る。イラクの要請なり、了解があれば可能でしょう」。

 昨年7月、集団的自衛権の行使容認がなされた閣議決定で政府は「イラクで武力攻撃に参加することはあり得ない」との見解を示していた。「こうしてなし崩し的に自衛隊の活動範囲が広がってゆく。当初は限定的でも、いつの間にかそれが原則となり、やがて軍事的な行動に参加する可能性もなくはない」

■列強への道    

 安倍政権が目指す近未来の国家像が鮮明になったのは2月12日の施政方針演説だった。安倍首相は世界の「列強」を目指した明治時代の日本を美化する発言をした。

 「安倍首相が『列強』という言葉を使ったのには驚きました。米国のような列強が素晴らしい国で、米国の正義は日本の正義と思い込んでいる。しかし、米国の正義は表向きの民主主義と自由主義ではなく、実態は米国の利権にすぎません」

 ねじれた国際情勢が物語る。サウジアラビアは「独裁国家」で人権侵害が行われていると各国から非難されているが、「米国の石油利権を守っている国だから、米国は絶対に文句を言わない」。

 「イスラム国」の一部支配が続くシリアはロシアに近い存在で「だから米国にとってシリアは敵となる。だから反政府勢力に武器を提供する」。

 核開発問題で対立が激化していた米国とイランだが、イスラム国が共通の敵となったことからイランが米国に協力を申し出る状況になった。

 「中東で安易に敵か味方かを決めてはいけないことが分かる。『米国と一緒に行動していれば日本は安全だし、正しい行いをしたと評価される』という安倍政権の単純な思い込みはとても危険です」

 平和憲法を頂く戦後日本は、海外で活躍する非政府組織(NGO)や民間非営利団体(NPO)の活躍によって「平和ブランド」を築き上げた。結果、「紛争地域に行っても、常にどこの国からも敵とみなされず、中立的な立場でさまざまな役割を果たせた」。イランやイラクなど親日派の中には反米を掲げる国も少なくない。

 「『米国の敵は日本の敵』と中東に出て行くのは、『日本が大好き』と言っている友達を米国のために殺しにいくようなもの。相手は裏切られたと思い、日本に対する恨みにつながる。そういうことも私たちは認識しておかないといけないのです」

■路線の変更    

 国会での施政方針演説。安倍首相は「積極的平和主義の旗を一層高く掲げ、世界から信頼される国となる」と高揚した調子でぶった。

 「安倍首相は積極的平和主義という言葉がどこから来たものかを知っているのでしょうか」

 言葉の由来について自著「国家の暴走」に記した。

 〈ヨハン・ガルトゥングというノルウェーの平和学者は、戦争のない状態を「消極的平和」と定義した。戦争がなくても、病気や貧困やハンディキャップなどに苦しみ、個人が本来持っている能力を開花させることを拒まれている人々もいる〉

 〈そうした状況をなくして一人一人が人間らしく生き、能力を開花できるよう、単に戦争がないだけでなく、貧困、病気、飢餓、人権抑圧、環境破壊などの「暴力」がない状態を、ガルトゥングは「積極的平和」と定義した〉

 「安倍首相が推し進めるのは『積極的軍事主義』。日本は戦後70年間、平和的な人道支援を積極的に行ってきたが、経済協力予算がどんどん減らされている。軍事費を増やし、世界に出ていこうというのは平和主義から軍事主義への変更に他ならない」

■歴史的転換    

 多面的に物事を捉える姿勢は、国家公務員時代に培われた。

 1990年、南アフリカ共和国。外務省の日本国総領事館に出向していたその年、歴史的な瞬間を目の当たりにした。

 アパルトヘイト(人種隔離)政策の反対運動に身を投じ、国家反逆罪として終身刑の判決を受けて27年間の獄中生活を強いられていたネルソン・マンデラ氏が釈放された。

 「白人政権ではアパルトヘイトが正義だと盲信されていた。しかし、マンデラの釈放に民衆は熱狂し、世界中が喝采を送った瞬間、白人もマンデラが正義だと認めることになった。私はこの時、『正義というのは分からないものだ』とつくづく感じたものです」

 隣国のナミビアでも反政府ゲリラの幹部で、古賀さんが外務省に内緒で接触していた人物が外務大臣になった。「それからは日本政府も当然、外国政府の賓客として扱った」

 古賀さんは言う。「正義は一夜にして変わる。絶対の正義などないのです。だから米国主導の世界が正しいとは限らない。それもまた、少し勉強をすれば分かることだと思います」

【神奈川新聞】

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