
世界を駆けめぐる過激派組織「イスラム国」の事件のニュースを目に、退役米陸軍大佐のクレイグ・安慶名氏(54)は厳しい観測を深めている。
「米軍は世界最大の軍事大国なのに、50年前の水準の武器によるテロを根絶できていない」
米統合参謀本部を経て2006年から1年間、イラク多国籍軍司令部に派遣された。治安維持権限の委譲に向け、現地部隊の能力開発に従事した。だが地域社会の安定は、シーア派とスンニ派のイスラム宗派の対立に常に阻まれた。自爆テロの被害も日常だった。
現役時に築いた自衛隊との関係も深い。イラクでは復興支援で派遣された隊員たちと交流した。キャンプ座間(座間、相模原市)の在日米陸軍司令部でも、陸自との連携強化は重要な仕事だった。
「自衛隊の能力や士気は高い。だが米国でさえ対応しきれないほど、国際情勢は急速に変わる。ロシアとウクライナが戦うことなど、5年前には考えられなかった」。今後、自衛隊が国際協力の役割を広げることになれば、「入念な準備が必要」と感じている。
米軍がイラクで出した死者は4千人、アフガニスタンでも2千人を超える。現地住民の犠牲は計り知れない。昨年の米国の世論調査では、イラク戦争に「コストに見合う価値がない」とする意見が7割に達している。
ペルシャ湾で掃海任務に従事した米海軍の元1等兵曹は、「イラクは民主主義を得ることはできた」と確信している。
だが、本国で親友の訃報を伝える新聞記事を目にした。アフガニスタンで即席爆発装置(IED)の犠牲になった。派遣されてから半年もたっていなかった。
国家の意思で隊員が危地に赴くことに長年、米国は向き合ってきた。「若者を送り出す可能性に準備ができているかどうかが、日本にとっての問題だ」
「国民の支持が必要」
イラク戦争の「大義」をめぐる議論に、米軍の帰還兵たちは多くを語りたがらないことがある。流した汗や犠牲への疑念が募るのが辛いからだ。長年にわたって心労を抱え続ける例は少なくない。
元海軍曹長(46)は退役後もなじみ深い県内に暮らしているが、派遣時の悪夢に悩まされなくなったのは最近になってからだ。
厚木基地(大和、綾瀬市)や横須賀基地(横須賀市)に所属し、湾岸戦争にも従事した。
だが、イラクでの地上勤務では矛盾を感じてもいた。仲間は酷熱の地で危険な任務に就いたが、現地派遣の軍需産業の社員たちは空調の効いた車両の中で過ごしていたからだ。「戦争はビッグ・ビジネスだ」
現地で親友を失う。昇進する予定だったが、退役を決めた。
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2003年から09年までのイラク自衛隊派遣の期間中には、宿営地にロケット弾が打ち込まれる事件も起きている。
だが、「むしろ、即席爆発装置(IED)のほうが怖かった」。自衛隊のイラク派遣に関わった柳澤協二元官房副長官補は、こう振り返る。多くの安全策を講じて、派遣中に人的被害は出なかった。活動を「国際協力の一つのパターンはつくれた」と評価する。
一方で自衛隊活動に関連した死者が出ていたら、「それが敵か味方かに関係なく、隊員にとって心の傷になっていたはずだ」との確信もある。
昨春、集団的自衛権の行使容認を議論する自民党の会合に出席した際は、こう発言した。「隊員が自信を持って活動するには、国民の支持が必要。そうでない状態でリスクの高いことに自衛隊を使うのは、お考え直しいただきたい」
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「改革の方向性には賛成だが、与党として説明責任を負わなければいけない」
「専守防衛と平和主義は何ら変わるものではない、と説明すべきだ」
2月23日。自民党の会合で、自衛隊の役割拡大に慎重な世論に対し神経をとがらせる声が上がった。
「首相が『イラクで米軍と一緒に戦うことはない』と言っているのに、『自衛隊がイラクに行く』『徴兵制になる』というデマが横行している」-。党内には「法案で『何をやり、何をやらないか』がはっきり分かるようになれば、賛同も増える」と、早急な法整備の必要性を訴える声が上がっている。
4日後、27日の与党協議。冒頭で公明党の北側一雄副代表が強調した。
「国民の理解と民主的統制が重要な視点。さまざまな場面で任務が拡大する隊員の安全確保を図る仕組みもつくらなければならない」
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自衛隊の役割拡大を柱とする安全保障法制の方向性をめぐる議論が、与党間でヤマ場を迎えている。論点や課題を、県内の関係者の視座から探る。