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フリージャーナリスト・安田純平さん
時代の正体〈67〉「イスラム国」は問う(4)「空気を読め」こそテロ

社会 | 神奈川新聞 | 2015年2月24日(火) 12:07

安田純平さん
安田純平さん

 過激派組織「イスラム国」による邦人人質事件の波紋が広がる。安倍政権はテロ対策強化を打ち出し、安全保障政策や憲法改正論議への影響は必至だ。片や政府の事件対応の検証は進まず、シリアで取材を計画していたフリーカメラマンが旅券返納を命じられ、渡航が阻止される事態も。漂う「自粛」の空気に戦場取材を担うジャーナリストからは危惧の声が上がる。都内で開かれたシンポジウムから発言を紹介する。

 フリージャーナリストの安田純平さんは2004年、戦時下のイラクで米国のスパイと疑われ、武装勢力に拘束されたことで知られる。自己責任論の矢面に立たされた経験を踏まえて指摘したのは、「空気を読め」という時代の空気の危うさだった。

 ジャーナリストとして経験豊富な後藤健二さんですら人質になった。だから、そんなところへ行くなど、とんでもないという声が大きくなっている。

 朝日新聞がシリアのコバニというところで取材し、記事にした。政府や一部マスコミからただちに「危険だ」との非難の声が上がった。

 でもコバニはクルド勢力がイスラム国を追い返した街。そこへクルド勢力の案内で入った。人質になる危険がどれだけあったというのか。

 旅行者がクルド人に拘束された件も同じ。具体的な説明を政府はしない。つまり、いずれも具体的な危険を示して警鐘を鳴らすのではなく、「空気を読め」という話でしかない。

 政府はどう危険だったのか、われわれに判断させようとしないようにしている。危ない、危ないとあおって政治的要求を通そうとする。これはテロの手法に他ならない。

 いま、われわれに必要なのは、政府がしていることは妥当なのか、自分の頭で考え、判断すること。雰囲気や空気に流されないことだ。テロに屈しないというのはそういうことだ。

 そのために具体的な情報を出すのがジャーナリストの仕事。しかし政府は、政府の言うことなのだから黙って信用しなさいと言っている。

 シリア取材を計画したフリーカメラマンに対するパスポート返納命令も同じ雰囲気の中でなされていることに留意すべきだ。

 旅券の取り上げが移動の自由を保障する憲法に抵触する恐れがあるため渡航禁止自体がまずいというのではなく、憲法がまずいという話になっている。パスポートの返納は当たり前で、憲法を変えなければ、われわれの命が危ないのだという論法で、完全に憲法を変える流れになっている。

自粛の危険性



 イラク戦争当時、日本のマスメディアが次々と撤退する中、バグダッド陥落の瞬間を現地取材したジャーナリストで映画監督の綿井健陽さんも自粛の危険性を語った。


綿井健陽さん
綿井健陽さん


 この先、テレビ局が戦地取材の結果を扱わなくなることを危惧する。ネットの書き込みで、テレビ局が取材の成果を買うから、フリーのジャーナリストは危険なところへ行き、迷惑を掛けている。だから買うのをやめるべきだ、というものがあった。

 似た経験がある。東京電力福島第1原発事故の直後、立ち入り禁止区域で撮影した映像をしばらく表に出せなかった。

 素材を持ち込んでもテレビ局に立ち入り禁止区域の映像なんて出せませんと断られたからだ。どこの許可をとって入って撮った映像なのか、としつこく聞かれた記憶がある。

 フリーランスのジャーナリストの精神は変わらずあり続けると思うが、この先、発表する媒体がなくなっていくという影響が出てくるだろうと心配している。

 シンポジウムは実行委員会の主催で「後藤健二さんの死を悼み、戦争と報道について考える」と題して開かれた。作家で映画監督の森達也さんが口にしたのは、タイトルからくる違和感だった。

 同じ人間で同じく殺された湯川遥菜さんの名前がないじゃないか、という引っ掛かりは多くの人が持つものだと思う。その後ろめたさ、葛藤が大事なのだ。どこかとっつきにくく感情移入しにくいという理由で2人の死の扱いに差をつけていいのか、と。

 湯川さんだけじゃない。2人が拘束されている動画が流された後、シリアだけでなくウクライナでも銃撃があり、空爆があり、たくさんの人が死んでもいる。

 同じ時期、千葉の九十九里浜に傷ついたトドがやってきた。救助し、治療し、手厚く看護し、「サチ」という名前までつけ、とても人気者になっている。

後ろめたさを持たないと



 でも、北海道では害獣扱いで駆除の対象で毎年何百頭と殺されている。矛盾している。でも人間とはそういう生き物だ。とても身勝手。目の前にあるものには感情移入し、視界に入らないものには興味を向けない。

 確かに世界中の悲劇を背負っていては生きていけない。こうしてしゃべっている瞬間も多くの人が死んでいて、でも、僕らはこの後、ビールでも飲みに行き、げらげらと笑ったりする。仕方のないことだ。でも同時にそれを当然と思わないことだ。


森達也さん
森達也さん


 後ろめたさを持たないとどうなるか。行き着くのが原理主義だ。思考が硬直し、視界が固定される。原理主義的な発想になっている日本の政治の現状の典型が「テロに屈するな」だ。

 テロとは不安や恐怖を与えて政治目的を達成することだ。政治目的がなければテロとは呼べない。日本では「ボストンマラソンテロ」と呼ぶが、米国では爆破事件だ。犯人から政治的な声明が出ていないからだ。

 では、なぜテロという言葉を使いたがるのか。単なる事件ではなく、テロと呼べば皆が興味を持ち、視聴率も部数も伸びるから。こうして不安や恐怖がメディアを媒介に広がる。そこで政治目的を達成しようとしているのが、いまの政権だ。メディアはそれに加担している。

 先日の夜、ふとテレビを見ていたら日本テレビで「成功の遺伝子 日本が世界に誇る有名人30人」という番組をやっていて、チャンネルを変えたらテレビ朝日で「トリハダ(秘)スクープ!! 世界を動かした日本人」というタイトルのものをやっていた。

 自画自賛。なぜこうなるのか。負い目や後ろめたさがないからだ。正義や誇らしい、気高いといった形容詞を使いながら自分たちは正しいという思いが肥大している。そういった精神風土の中で事件があり、いまの状況があり、あらゆることがテロに屈するな、という流れに回収されてしまっている。

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