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時代の正体〈63〉「イスラム国」は問う(3)

社会 | 神奈川新聞 | 2015年2月5日(木) 11:00

森さん(右)と伊藤さん
森さん(右)と伊藤さん

◇映画監督・作家の森達也さん「テロに不屈」で暴走

違和感があります。政治家やメディアが枕ことばのように「テロに屈しない」と繰り返す。そう言わないと「テロ組織の味方をするのか」と批判されてしまうかのような雰囲気を感じる。オウム事件のときと全く同じ。今の日本社会をシンボリックに物語っています。

安倍首相は「テロリストの思いをいちいち忖度(そんたく)し、屈することがあってはならない」などと答弁した。イスラム国の連中は人間じゃないとでも言うかのようだ。それは「オウム信者は人間じゃない」と同じだ。

イスラム国の行為は言語道断。同時に、政府が最善の努力をしたのか極めて疑問がある。昨年12月の段階で後藤さんが拘束され身代金を要求されていると家族から政府に報告されていた。その前に湯川さんが拘束されたことも知っていた。

にもかかわらずヨルダン、エジプトを訪問してイスラム国対策として2億ドルを支援すると表明し、イスラエルの国旗の前で演説した。挑発していると解釈されて当たり前。首相は歴史認識や知識に欠けている。

少なくともイスラム国との交渉は2人の命を救う一つの選択肢だったはず。「テロに屈するな」というフレーズが硬直し、まるでイスラム国と交渉することすら許されないと言わんばかりです。

なぜイスラム国は生まれたのか。米国の大義なきイラクへの侵攻が発端でした。9・11後、自衛のために戦うと集団的自衛権を使って英国などに呼び掛け、イラクを攻撃した。大体の始まりは「自国民の保護」なんです。多くの米国人が殺され、色めき立って、制度が変わって…。

2人が殺害される結果になり、集団的自衛権の法整備にも影響が出るでしょう。首相は「国際社会と連携する」と言っているが、今回の事件は理論的には集団的自衛権の行使をバックアップすることになる。反対すれば「ならばテロにどう対峙(たいじ)するのか」と言われ、反論できなくなってしまう。法整備のためのさまざまな議論がなし崩しになる恐れがある。

やはり日本社会が「集団化」しているのでしょう。不安や恐怖に対して連携し、結束したい気持ちが大きくなり、外部に敵を探したくなる。違う動きを許せず、一体化して戦おうという傾向が特に安倍政権以降、強まっている。

私は千葉と茨城の県境の田舎に住んでいますが、バスの停留所に「テロ警戒中」と貼ってある。「テロ」という言葉はインフレを起こし、この社会に違和感なく溶け込んでいます。

メディアが冷静に論点を国民に示すべきです。バッシングを恐れているのか、リベラルと呼ばれるメディアは沈黙しがち。国益を害するように思えても、ジャーナリズムが機能しなければならないときがあります。

テロリストも人間です。人間は残虐なことをする。だから、なぜこんなことをするのか、歴史を振り返って考えなければならない。2人の命という「最大の国益」が侵害されたのですから。

●もり・たつや 映画監督、作家。代表作にオウム真理教信者を追ったドキュメンタリー映画「A」(1998年)、「A2」(2001年)。近著に「すべての戦争は自衛意識から始まる『自分の国は血を流してでも守れ』と叫ぶ人に訊きたい」。明治大特任教授としてジャーナリズム論などを担当。広島県生まれ。58歳。

◇弁護士・伊藤和子さん「不均衡に目を向けて」

国際人権団体としてさまざまな国の問題に取り組んでいますが、イラクほど重大な人権侵害が国際社会から黙殺されてきた国はほとんどありません。

私は2004年4月のイラク日本人人質事件で代理人弁護士を務め、解放までのプロセスにほぼ立ち会いました。当時と状況はかなり違います。でも、同じ問いを繰り返さざるを得ません。この10年余り、私たちはどれだけイラクの惨状に目を向けてきたでしょうか、と。

当時の武装勢力が事件を通じて訴えかけたのは03年のイラク戦争後、イラクの人々が置かれた苦境と不正義でした。国連を含む世界各国は無視を決め込んできた。後藤健二さんこそは無関心な私たちの社会を変えようとしてきた人であっただけに残念で、悔しくてなりません。

ではなぜ、イスラム国という残忍なグループは誕生し、世界中の若者が加わっているのでしょうか。

国連関係者によれば、日本人人質の殺害予告翌日の1月21日からの1週間で、イラクでの紛争関連の死者は794人、負傷者は825人に上りました。イスラム国による人権侵害の一方、「テロとの戦い」の名の下、イラク治安部隊とシーア派住民が無抵抗のスンニ派住民を殺害する「民族浄化」は拡大しています。

無数の血が無残に流されたイラク戦争の責任は問われたことはありません。戦後の宗派対立から起きたシーア派政権によるスンニ派住民への弾圧も国際社会から黙殺された。絶望した人々の信頼を得るようにしてイスラム国は勢力を拡大していったのです。

イスラムの人たちにとって不正義の象徴であるパレスチナ問題では、西側諸国はこぞってイスラエルを擁護している。米国の収容所でのイスラム教徒への拷問、辱めによって尊厳は踏みにじられました。イスラム移民は世界中で差別され搾取され、貧困にあえいでいます。イスラムを嘲笑する風刺画は「表現の自由」として許容されています。

イスラム国は許しがたい存在ですが、それでもなお、私たちの社会の中から生まれているという現実から目をそらしてはいけないのです。不平等、不均衡への怒りがイスラム国が支持される土壌になっている。イスラム国はイスラム教の教えに反する、許されないと考えるイスラム教徒が圧倒的多数ですが、イスラム教徒であれば同じフラストレーションを感じざるを得ない状況は深刻化しています。

政府はいまテロ対策で邦人保護強化を打ち出しています。何が何でも海外で武力を行使したいという思惑が透けて見えるようです。日本に住む私たち個人ができることはそう多くないかもしれない。それでも何が起きているのか受け止めてもらいたい。これまでの「テロとの戦い」がそうであったように、武力で対抗しても結局、何も守れない。後藤さんが伝えようとしてきたことにも反すると思います。

●いとう・かずこ 1991年早稲田大卒。弁護士。女性や子どもの権利、人権にかかわる問題で活動。2004年日本人ジャーナリストとボランティアら3人がイラクで拘束された人質事件の際、家族や生還した被害者の代理人として交渉などを担当。06年人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長。東京都生まれ。48歳。

【神奈川新聞】

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