1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 時代の正体〈55〉邦人拘束事件は問う(下)眼前に中東の現実

桜美林大教授・加藤朗さん
時代の正体〈55〉邦人拘束事件は問う(下)眼前に中東の現実

社会 | 神奈川新聞 | 2015年1月25日(日) 11:09

桜美林大・加藤朗教授
桜美林大・加藤朗教授

日本人2人を人質に取り、身代金を日本政府に要求しているのは過激派組織「イスラム国」とみられる。過去には欧米のジャーナリストらを拘束、殺害してきたが、ターゲットはついに日本人にも及んだ。テロの歴史や中東での紛争を研究する桜美林大の加藤朗教授は立ち尽くす。「テロを防ぐ手だてはあるのだろうか」。拡大する暴力の暴走に答えは容易に見えない。

諦観ではなく、実感として加藤教授は断言する。

「テロの根絶など不可能だ」

長年の研究や自ら足を運び、見聞きし、体験してきた中東の現実がそう言わせる。

殺害、破壊、拉致監禁といった暴力を用い、そこに生ずる恐怖心によって相手の譲歩を引き出し、抑圧を図り、政治的目的を達成する-。

圧倒的強者に対して弱者が仕掛ける戦争、それがテロの本質。日本人2人を拘束し、身代金を要求するのも活動資金を手にするためだと考えられるが、世界中の注目を集めたいという思惑も透けて見えるという。

世界にはテロを支持している人がおり、「注目が集まれば、それだけ支援資金を得やすくなる。支援者も増え、戦闘員も集まる。フランスでテロを行ったのはアルカイダ系のグループとみられるが、再び自分たちに目を向けさせる狙いもあるのではないか」。

歴史を振り返ればテロは過激化の一途をたどってきた。かつては国家の要人といった特定の人物を対象にすることが多かったが、「自分たちの存在を誇示し、要求をのませるには、より過激でなければならないと考えるようになっている。もはやテロの行き着く先は核攻撃しかないのではないかとまで言われるようになっている。テロの封じ込めは容易ではない」。

今回の事件はだから、必ずしも国際政治や日本の政治状況を考慮しての行動とは限らないとも考える。

「アフガニスタンで人口千人ほどの村で文字が読めるのは1人しかいなかった。イスラム国のメンバーはどこまで国際政治を理解し、戦略的に行動しているか。ニュースで安倍晋三首相の中東歴訪を知り、日本人を拘束していることを思い出した、ということもあり得る」

■テロとの戦い

では、今回の事件をきっかけに日本も足を踏み入れることになるかもしれぬ「テロとの戦い」に展望はあるのか。

やはり加藤教授は首をひねる。「例えばアルカイダ。指導者のビンラディンは殺害されたが、組織そのものは壊滅しなかった」

米国はアフガニスタンやイラクを主権国家として立て直そうとしたが、失敗に終わった。

「要因の一つに民衆が選挙に意義を見いだしていないことがある。選挙が行われても、選挙を認めない勢力が出てくる。選挙がどういうことか、一般の人には理解されていない。支配の正当性は神にあると考えられている。選挙では宗教政党が多数派となる。そして、欧米型の民主主義は否定され、再び独裁につながってゆくこともあり得る」

統治の正当性を憲法にみる欧米の価値観との相違がそこに横たわる。

「神の下に皆が平等に暮らすという考えを基に政治制度ができている。そうしたイスラムの教えで、社会の混乱や矛盾を乗り越えようという考えが広まっている。学級委員を決めるために小さい頃から選挙を経験している日本の常識は通用しない」

加藤教授がまた首をひねった。

「テロを行っている組織を政治体制に組み込んでいく方法も考えられるが、人権を無視したような主張を取り入れるのは難しい」

テロという凶行に人々を駆り立てる貧困、格差、憎悪といった背景にまで考察がなかなか及ばない。

■解決への思考

加藤教授は2012年8月、内戦下の一般市民の暮らしぶりを調査しようとシリアの首都ダマスカスを訪れた。

上空を飛ぶ軍用ヘリコプターを撮影しようとビデオカメラを取り出した途端、スパイと疑われ、秘密警察に取り押さえられた。

投獄され、尋問用の部屋からは革のムチがしなる音や看守が殴りつける音が響いた。目隠しをさせられ、後ろ手で縛られ、一日中、中腰で壁に向かって立たされ、拷問を受けている人がいた。

加藤教授が閉じ込められたのは拷問されている人たちとは別の檻(おり)だった。拷問を受けることはなかったが、いずれ自分も同じ目に遭い、死ぬのだと覚悟した。

「自分の責任だから、と考えていた。頭がパソコンでいうところのスリープモードになって、恐怖を感じなくなった。やたらと腹が減り、生き残ることだけを考えた。死とは隣り合わせだった」

5日間拘束され、強制国外退去処分となった。出国する飛行機に乗り、ハッチが閉まった瞬間にようやく安心した。

「私は政府側に拘束されたから、助かった。これが反政府側やイスラム国だったら命はなかった」

いま、拘束された2人を思いやる。インターネットの動画サイトで流された殺害予告映像がまぶたの裏から離れない。オレンジ色の囚人服を着させられ、ナイフをちらつかされながら身じろぎもせず、表情を動かすこともなく-。

「多くの日本人は人質になった2人の表情を目の当たりにし、心をゆさぶられている。その意味では相手の通りになっている」

しかし、考えなければ解決はない。事件は中東が抱える問題を対岸のことと思い続けてきた日本に、世界が直面してきた難題を突きつけた。

●かとう・あきら 1951年鳥取県生まれ。早稲田大政治経済学部卒。防衛庁防衛研究所に入所し、スタンフォード大フーバー研究所客員研究員、ハーバード大国際問題研究所日米関係プログラム客員研究員などを歴任。専門は国際政治学、安全保障論。著書に「闘う平和学」「13歳からのテロ問題」「テロ-現代暴力論」など。

【神奈川新聞】

テロ、テロリストに関するその他のニュース

社会に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング