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【社説】阪神大震災20年 生き抜く教訓に倣おう

社会 | 神奈川新聞 | 2015年1月17日(土) 11:53

6400人余りが亡くなった阪神大震災から、きょうで20年。復興を遂げた街並みから当時の惨状を思い起こすのは難しいが、被災した方々の無念や苦難に思いを寄せ、備えを見直す機会としたい。

この20年で国や自治体の地震対策は進み、個人の意識も高まりつつある。迅速な対応ができなかった反省から公助の仕組みは改善され、揺れに強い建物も増えた。当時はなかったスマートフォンで情報を即座に入手、共有できるようにもなった。

しかし、だからといって、私たちの暮らしが災害に強くなったと受け止めるべきではない。

1995年1月17日午前5時46分に起きた震災では、寝ている最中に激しい揺れに見舞われた人が多く、犠牲者の大半が住まいの倒壊や家具の転倒に伴う圧死だった。

その一方で、閉じ込められた多くの被災者が助け出され、命をつないだことを忘れてはならない。そこで大きな役割を果たしたのは、消防や自衛隊よりも近隣住民だった。

災害の規模が大きくなるほど必要となるのは自助であり、共助である。それらは災害時に突然力を発揮するのではなく、日々の積み重ねの上に成り立つものだ。

寝室に背の高いタンスを置いていないか、食器棚などを倒れないよう固定しているか、あるいは隣近所の人と顔なじみになっているか。食料や水の備蓄ももちろん大切だが、何より欠かせないのは、その瞬間を生き抜く備えに着実に取り組んでおくことである。一つ一つは決して難しいものではないが、後回しにしている人が多いのではないか。

社会状況が異なるとはいえ神戸の惨状は、共通点の多い横浜が直下地震に襲われた状況を想起させる。神戸市長田区の住宅密集地で起きたような延焼火災のリスクを抱える地域は、横浜にも少なくない。

市街地が廃虚と化した神戸では再開発が行われ、震災前の人口を2004年に回復したものの、喪失感を抱える人は今も多い。仮設住宅や復興住宅での孤独死は社会問題となり、復興の過程でもコミュニティーのあり方が問われている。

復興とは果たして何か。共通のゴールがない中、それでも被災地の人々は模索を続けている。その教訓を生かすためにも、日々の暮らしに足りない部分を補う努力を一人一人が重ねたい。

【神奈川新聞】

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