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がん患者の就活(上)「正直に言いたい」葛藤続く

社会 | 神奈川新聞 | 2015年1月3日(土) 03:00

企業の求人票を見つめ就労への思いを語る西岡さん=藤沢市内
企業の求人票を見つめ就労への思いを語る西岡さん=藤沢市内

日本人の男性の2人に1人、女性の3人に1人がかかるとされるがん。医療技術の進歩で生存率が高まる一方、患者が体調や治療状況に応じて働ける場は整っていない。病気と向き合いながら、生活の糧や生きがいを求めて就職活動に励む患者は何を思うのか。現場の声を届ける。

不採用という非情な通告に落胆しながら、どこか冷めた目で折り合いをつけようとする自分がいた。

「俺が雇う立場だったら、ちょくちょく休むヤツなんか採用しないだろうな、と」

そう考えていた当時を思い、西岡裕也さん(45)=仮名=の顔に自嘲の苦い笑みが浮かんだ。

勤めたばかりの物流会社から不採用の知らせを受けたのは昨春のことだった。「試用期間だったし、あの時は仕方がないと考えた。いまでは、もっとこちらの身になって考えてほしかったと思っているが」。手元に重ねられた求人票にふっと目線を落とした。

◇病歴隠し 高熱が出て入院を余儀なくされたのは、働き始めて4日目のことだった。体調不良を理由に2日間欠勤し、詳しい原因は上司に説明しなかった。

高熱の理由は、その1年ほど前に受けた胆管切除手術の影響だった。

がんだった。「でも、本当のことを言うとインパクトが強いので伏せることにした」。それでも2日後、上司は言った。「会社から連絡があって、不採用になった。申し訳ない」

がんになる前、すでに仕事を辞めていたが、術後に体調が安定してから復職を目指してきた。免許を持つフォークリフトを操り、倉庫内を行き来して自動車部品を運ぶ仕事に魅力を覚えていた。「体調のことで同僚に迷惑が掛からず、スキルが生かせる。やっと条件に合う仕事に就けたと思ったのだが」。病歴を伏せたまま働く難しさを実感した。

◇壁の存在 がん告知は2012年9月。自宅近くの藤沢・鵠沼海岸で趣味のサーフィンを楽しんでから1週間ほど全身のだるさが抜けなかった。「日焼けしたせいかな」と気にしていなかったが、糖尿病でかかっていた主治医に相談すると検査を勧められた。

胆管がんだった。幸い早期発見で、通院しながら約3カ月の抗がん剤治療を受け、13年2月にがんを切除した。

手術は成功。だが、胆管を切除した影響で40度近い発熱を繰り返した。そのたびに入院を余儀なくされた。

体調が安定したのはその年の6月ごろから。社会復帰を考えはじめた。「そろそろ働けるかな」「どのくらい動けるだろうか」。期待と体力低下の不安が交錯した。

就職活動を始め、2社で面接を受けた。がんのことは伏せた。体力面の不安や治療による欠勤など会社側に悪いイメージを与えてしまい、不利になると考えたからだ。

ブロック塀や門扉など住宅用外構資材の卸売業者に採用された。労働時間は1日約10時間、10キロ以上ある資材を運ぶこともある仕事だったが、「どれだけやれるか試したかった」。会社の経営面に不安があったために約4カ月で退職したが、「自信が持てた」。

数カ月後、自動販売機の設置業者に再就職した。同僚数人とトラックで1日約10カ所を回った。手術後は便通が1日10回に上ることもあり、移動時に何度もトラックを止めてもらった。「同僚に迷惑を掛けているのではないか」との思いがもたげ、1週間でやめることになった。

できることとできないこと、無理解と理解してもらうために必要な働き掛け、その勇気。折々で見えない壁を感じた。

◇働く意味 病気という名の壁が存在することを痛感したのはこれが初めてではなかった。

高校入学を間近に控えていた頃、箱根町の自宅で寝ていて意識を失った。明け方に病院に搬送され、検査の結果、糖尿病と判明した。1日4回のインスリン注射が欠かせなくなった。

その後はほとんど病状に悩まされることなく学校生活を送った。3年生の時、卒業後に就職することを決めた。大手鉄道会社に興味を持ち、担任教師に会社へ問い合わせてもらった。

回答は「病気があるので採用はできない」だった。

当時の西岡さんには「そんなものか」と受け止めることしかできなかった。

母親の知人を頼って相模原市の自動車部品販売会社に就職し、その後は接着剤メーカーなど数社を転々とした。病歴を明かすことはほとんどなく、やがて「病気は就職に不利」という考えが自分の中で固定化していった。

「一般的にがんイコール死というイメージが強い。長い間、働けるか分からない人を企業が雇うはずはないと考え、がんのことを正直に言おうとは思わなかった」

一方で葛藤を抱え込んでもいた。

「風邪などを理由にして休んでいたが、ちょっとしたことで仕事を休むヤツだと思われるのが悔しかった。いいかげんな気持ちで働いているわけじゃないんだと言いたかった」

本音はこうだ。

「理解してもらえるなら、正直に言いたい」

がんが「国民病」と呼ばれるようになり久しい。なのに、ひとたびかかれば人生の苦境に立たされるような社会でよいのか、という疑問がわく。思わぬがん告知によって限りある命の尊さを知り、働く意味にも思索はめぐった。

「もちろん収入を得る意味もあるが、必要とされることで自分の存在価値を実感したい」

隔絶を肌で感じるいま、仕事という社会との接点の大切さをより強く思う。

交際している女性がいる。経済的に支えられていることが心苦しいと打ち明け、西岡さんは続けた。「ちゃんと仕事に就き、彼女にも必要とされるようになりたい」

【神奈川新聞】

 
 

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