50年近くかけて積み立てた3800万円は、7カ月で瞬く間に消えた。カンボジアの不動産の投資勧誘をめぐり、第3次集団訴訟に加わった川崎市の女性(79)は「底なしのあり地獄だった」と振り返る。
「できすぎたもうけ話」は2012年12月、投資会社の「カワバタ」と名乗る男からの電話に始まった。15年ほど前に実際に負った債務を正確に言い当てられ、「買い取りたいと申し出たクライアントがいる」と告げられた。条件は、現地に建設中というマンションの区分所有権の購入。「心労の種が消えれば」と50万円の投資を決めた。
支払先に、雑居ビル4階にあった「FIRST不動産」(東京都渋谷区)を指定された。出迎えた身なりのいい男性はタワーマンションのポスターを指し、「ここで老後を送るのもいいですよ」とほほ笑みかけた。後に、民事訴訟で被告となる人物だった。
数日後。別の投資会社員を名乗る男から、さらに300万円の投資を勧められた。100万円単位で雪だるま式に膨れ上がった投資は、このころからだ。実在する大手商社を含め、5社の社員らを名乗る計8人から、立て続けに電話で取引を持ち掛けられた。
「これで終わるなら」「元金だけは取り返したい」と願う女性に、相手は「投資額が足りない」「会社が倒産しかけている」と、ことごとく取引の停滞を装っては追加投資や不動産取得税の支払いを迫った。詐欺を疑ったこともあったが、「責任を持つ」と繰り返したカワバタを信じ込んでしまった。
最終的に五つの生命保険を解約したほか、終身保険を担保にした貸し付けで計3800万円を工面した。2人の孫に残すはずだった貯蓄も含まれていた。「はい上がろうともがくほど、深みにはまっていった」
13年6月まで計16回にわたり、F社の社員を名乗る男性5人に現金を手渡した。最寄り駅まで受け取りに現れた男性は、物陰で100万円の札束から1枚を抜き取り、詰まり具合で金額を確かめた。
「詐欺」に気付いたのは、生命保険会社の旧知の担当者だった。弁護士に相談すると、すでに東京地裁に集団訴訟が起こされていると知った。
「なけなしのお金を返してください」と、F社の社長に手紙で嘆願したこともある。問い合わせ先は不通になり、今年10月に訪ねた渋谷の事務所はもぬけの殻だった。3次訴訟への参加を決め、被害回復を求めて争う。
「心配させるから」と同居する夫や長男夫婦にすら、被害を打ち明けられずにいる。「墓場まで持って行く」。そう決めた。
【神奈川新聞】