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【社説】文化の日に 萎縮する現状の打破を

社会 | 神奈川新聞 | 2014年11月3日(月) 10:06

きょうは「文化の日」。文化とは人間の生活すべてであり、個々人で異なるのはもちろん、年齢や性別、地域など、独自の文化を持つ集団が無数にある。とても一言で表現することができない概念であろう。

「多文化共生」といえば、外国人らとお互い理解し合うこととされている。だが、私たちは日々の生活で異国のものではなくても常に異なる文化に直面しながら、時に反発し、折り合いを付けて生活している。

他者との共存には、そもそも多文化共生という側面がある。だからこそ自分と異なる存在を尊重し、認める寛容性や対話が鍵を握る。文化の薫り高く、開かれた社会を実現するには、こうした要素は欠かせないのではなかろうか。きょうはあらためて、そのことを考えたい。

現在の日本はどうだろうか。寛容さが失われ、閉じられているとはいえないか。

インターネットでは他者に対する執拗(しつよう)な攻撃やつるし上げが日常的に見られる。もちろん匿名の空間であり、どこまでが現実社会とつながるかには疑問符も付く。だが、その言説が現実を動かし、社会の空気を形作っている側面は否定できない。

端的な例が、インターネットを通して全国に支持者を集めた「在日特権を許さない市民の会」であろう。日本社会で長い時間を生きてきた在日韓国・朝鮮人を他者として排除するヘイトスピーチを続けている。その動きに呼応するように、書店には「嫌韓」「嫌中」本が並ぶ。

被ばくにまつわる表現が政治家までも巻き込む騒動を巻き起こした「美味しんぼ」の例は、タブーに触れれば社会から攻撃される、という現状を分かりやすく示した。さまざまな意見に向き合い、受け止め、建設的に議論を進めるという健全な動きが見られなかった。

そのほかにも、政治的な表現が原因で公的施設での展示が中断され、誹謗(ひぼう)中傷を受けるなどした芸術家の例が複数あった。さまざまな力に対する忖度(そんたく)が横行する社会。日本では表現は自由ではないのではないか、という疑念を拭えない。

生き生きとした文化が息づく国を実現するには、現状打破が必要である。他者の言葉や思いをまず聞き、受け入れてみる。さらに自分の頭で考える。そうした行動を心掛けなければ、文化や社会は限りなく内向きに萎縮していくばかりだろう。

【神奈川新聞】

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