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友は銃を手に取った ウクライナからの留学生レオニデュさん

社会 | 神奈川新聞 | 2014年9月23日(火) 12:16

かばんに結んだウクライナ国旗の青と黄色のリボンを手にするレオニデュさん=東京都世田谷区
かばんに結んだウクライナ国旗の青と黄色のリボンを手にするレオニデュさん=東京都世田谷区

ウクライナ政府と親ロシア派武装勢力(親ロ派)とが今月5日、和平文書に調印した。5カ月間に及んだ戦闘は終結したが、東部の分離・独立を目指す親ロ派とウクライナ政府との主張に隔たりは大きく、関係修復に向けた協議は難航も予想される。混迷のウクライナ情勢はどこへ向かうのか。祖国を見守る留学生、専門家に聞いた。

両親を祖国ウクライナに残し、2011年春から東京農業大(東京都世田谷区)に留学しているマクシモブ・レオニデュさん(24)は続く混迷に不安を募らせる。「8月に帰国しようと思っていたが、危険なので見送った」。ロシア国境からわずか100キロ西にあるベルジャンシク。そこにレオニデュさんの実家がある。

戦闘が激化していると報道されるマリウポリからは約50キロ、車で走れば1時間とかからない距離だ。戦闘が激化した今年5月、両親はパスポートや貴重品、ガソリン、食料といった最小限の荷物を車に積み込みいつでも逃げ出せる準備を整えたという。「いつベルジャンシクまで侵攻してくるか分からない」。ピアノ教師の母と自動車ディーラーで働く父。毎日のようにインターネットのビデオ通話を使って両親と会話するようになった。

祖国を守ろうと5月、6月、2人の友人が立て続けに志願兵としてウクライナ軍に入った。「銃を手に戦っているという。志願兵の装備は十分ではなく、友人たちがカンパを集めて整えた」。いまも健在だろうかと安否を気遣う。7月には同じ高校の1学年上の先輩が戦闘に巻き込まれ亡くなった。レオニデュさんは「彼には2人の子どもがいるのに」と表情を曇らせた。

街の人々も変わったという。住民の中にはロシアへの編入を望む人もいる。それぞれの意見は異なり、ふるさとの未来を語ることはタブーになっているという。

ウクライナ大統領選で親欧米派のペトロ・ポロシェンコ大統領が6月に誕生し、すぐに紛争は収まるとレオニデュさんは思っていた。だが、7月にマレーシア航空機がウクライナ東部上空で撃墜され、緊張が一気に高まった。今月5日にウクライナ政府と親ロシア派武装勢力は和平文書に調印したものの、混乱はいまだいつ収束するか分からない状況だ。

厳しい冬を前に不安はさらに深まっている。「ウクライナのガスや石油といった資源はロシアからの輸入に頼っている。いまの情勢のまま寒くなれば工事や工場が停止し、経済の悪化は避けられない」。収入が減る一方で物価は高騰し、物が買えなくなるのではといった切実な不安が人々の間で膨らんでいるという。

レオニデュさんは来春の帰国を諦め、大学院へ進学するつもりだという。「両親のことは心配だが、このまま危険な状況が続くなら日本での就職も考えたい」。大国の論理に翻弄(ほんろう)され、家族を分かつ悲劇が迫る。「いま和平以外に望むことはない。ただどうすればいいのか」。かばんに結びつけた2本のリボン、ウクライナの国旗色である青と黄色の2色を手にして肩を落とした。

◆実効性ある和平を

廣瀬 陽子准教授慶応大総合政策学部

ウクライナ情勢の展望について、旧ソ連地域に詳しい慶応大総合政策学部の廣瀬陽子准教授(42)に聞いた。

「ウクライナが再度交戦に出ない限り、ロシアが再びウクライナ東部へ侵攻する可能性はほぼない」としつつ、こう指摘する。「不安要素は停戦が完全に維持されていないことと今後の地位について意見対立がある政府と東部の合意が生まれない結果、東部が未承認国家化してしまうことだ」

和平文書に調印したとはいえ、ウクライナ東部の一部では攻防が続いているとも報じられている。

今年4月から続くウクライナ東部での戦闘のきっかけは2013年11月に始まった市民の反政府デモ(ユーロマイダン)が引き金だった。その後、ウクライナのヤヌコビッチ大統領が失脚し、14年3月にはロシアがクリミア半島を編入。「この前後から突如として『親ロ派』と呼ばれる勢力がウクライナ東部で活動を活発化させていった」という。

ロシア側が親ロ派を全面支援しているという見方がある一方、廣瀬准教授は「親ロ派の中にはロシア軍特殊部隊の精鋭が入っているのは事実だが、そもそも親ロ派の勢力基盤は地元の左翼。8月末にロシア軍が侵攻に踏み切るまではプーチン大統領が積極的に関与していたとは思えない」。ロシアはクリミア編入後に厳しい財政難に陥っており、ウクライナ東部を編入するほどの余裕はなく、そのメリットもないとみる。

「プーチン大統領の狙いはむしろ、ウクライナを北大西洋条約機構(NATO)との緩衝地帯として維持することにある」と分析する。ロシアにとって影響の及ぶ地域を確保し、欧州との間で軍事的・政治的均衡を保つことが優先事項となっているからだ。「ロシアが最も避けたいのはウクライナのNATO加盟だ」とみる廣瀬准教授は今後の不安材料に問題の先送りを挙げる。「実効性のある和平のためにしっかりした対話をしなければ、いつ火を噴くか分からない火薬庫を抱え込んでしまうだけだ」

× ×

ひろせ・ようこ 慶応大総合政策学部准教授。国際政治、旧ソ連地域研究、紛争・平和研究が専門。著書に「旧ソ連地域と紛争」(慶応大学出版会)、「未承認国家と覇権なき世界」(NHK出版)など。

【ウクライナをめぐる情勢】

ウクライナのヤヌコビッチ前大統領による欧州連合協定調印棚上げに抗議する反政府デモが2013年11月に始まり、やがて暴力化。14年2月に同大統領が亡命、失脚した。暫定政権の発足と同時期に武装集団がウクライナ南部のクリミア半島に展開し、空港や市庁舎を占拠、ロシア系住民がウクライナからの離脱とロシアへの編入を主張し始め、3月にはロシアがウクライナ南部のクリミア半島を編入した。その後「親ロシア派武装勢力」(親ロ派)を名乗る組織が、ウクライナ東部のドネツクやルガンスクに展開し、州庁舎などを占拠しウクライナ軍と戦闘状態に入った。ウクライナ政府と親ロ派は9月5日に和平文書に調印し、停戦合意。ただ、ウクライナ軍側も親ロ派側ともに多様な部隊が戦闘に参加していることから、停戦合意後にも東部の一部で散発的に砲弾が飛び交うなど事態の完全な収束は不透明な状況となっている。

【神奈川新聞】


廣瀬陽子准教授
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