「レスラー先生」がアジアの頂点を目指す。19日に韓国・仁川で開幕するアジア大会に、レスリング男子フリースタイル70キロ級の日本代表として出場する県立中原養護学校(川崎市中原区)教諭、小島豪臣(たかふみ)さん(31)。生徒たちの声援に支えられ、自身2度目の大舞台に上がる。
6月に東京・代々木競技場第二体育館で行われた全日本選抜選手権。観客席には車いすで応援に駆け付けた教え子の姿があった。
「絶対に負けられない」。そんな決意で臨んだ決勝。岡山県の選手を判定勝ちで下して2年ぶり4度目の優勝を飾ると、続く代表権を懸けたプレーオフも制し、アジア大会の切符をつかみ取った。
青森・八戸工大一高で頭角を現し、日体大時代には全日本選手権や全日本学生選手権など数々のタイトルを獲得。だが、目標だった2012年のロンドン五輪出場を逃し、「体も精神的にもきつかった」と限界を感じて引退を決めた。
勤めていた会社はロンドン五輪までが雇用の契約期間。かねてから希望した教員の道を進もうと、会社を辞め、12年冬から中原養護学校の高等部で臨時任用の教員として働き始めた。
脳性まひなど重度の障害がある生徒を受け持ち、体育で体を動かしたり、美術の授業で一緒にペンを持って描いたり。生活面でも食事を食べさせたり、おむつを替えたり…。「命に関わる仕事」に、やりがいを感じていた元レスラーを再びマットに戻したのは、生徒の言葉だったという。
「先生の趣味はレスリングです」。昨春の新学期。担任するクラスで、そう自己紹介すると、高等部1年の男子生徒が「最近、練習しているの」と声を掛けてくるようになった。
「かっこいい姿を見せて驚かせてやろう」と一念発起し、社会人の大会からスタート。昨年12月の全日本選手権の出場までこぎ着けたが、練習不足は否めず2回戦敗退を喫した。
「もっと練習して頑張ってよ。負けないで」「頑張れ、世界の小島」。クラスの生徒の励ましの声で闘争本能に火が付いた。練習は学校での勤務終了後の週1日か2日。十分とは言えないが、自宅周辺での走り込みや筋力トレーニングを繰り返し、アスリートとしての肉体を取り戻した。
全日本選抜選手権でアジア大会の出場を決めた小島さんを待っていたのは、職員、保護者、そして教え子の笑顔だった。「オリンピックに出る目標だけで無我夢中だった」という、これまでのレスリング人生。でも今は違う。
「みんなの応援のおかげでもう一度、アジア大会に出られた。生徒たちに金メダルを見せてあげたい」。感謝の心を胸に、銀メダルに終わった06年のドーハ大会の雪辱を果たす。
【神奈川新聞】