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時代の正体〈20〉人種差別撤廃委員会報告(上)野放しの状況に懸念

社会 | 神奈川新聞 | 2014年9月7日(日) 11:24

川崎駅前で外国人の排斥を訴えたデモ=2013年10月12日、川崎市川崎区
川崎駅前で外国人の排斥を訴えたデモ=2013年10月12日、川崎市川崎区

 国連の人種差別撤廃委員会は日本政府に対し人種差別を禁止する特別法を設けるよう勧告した。差別言説によって在日コリアンを傷付け、憎悪と排斥をあおるヘイトスピーチが野放しの状況に強い懸念が示された。スイス・ジュネーブで開かれた委員会の対日審査を傍聴したNGOメンバー、国会議員の報告から勧告の意味を考える。

 日本政府の代表団を前に委員の一人は言い切ったという。

 「日本はそれほど明るい状況ではないのではないか。人種差別は存在している。極端な個人や団体、右派グループがマイノリティーに嫌がらせをし、挑発、暴力行為に及んでいる。インターネットなどを通じて民族的対立をあおっている」

 委員たちは日本の各地で行われているヘイトスピーチの映像を見ていた。そこには、大阪・鶴橋のコリアンタウンで14歳の少女が「在日が憎くて仕方ない。南京大虐殺ではなく、鶴橋大虐殺を実行しますよ」と叫ぶ様子も写っていた。

 事前会合で委員に映像を解説した有田芳生・民主党参院議員は「委員から驚きの声が上がっていた。世界からみれば深刻な人権状況。だが、日本政府は現実を直視していない」と話す。

 日本は人種差別撤廃条約を批准しているが、差別の流布、扇動、差別行動への参加を法律で禁じるよう求めた4条a、b項は留保している。法規制が必要なほどの差別は日本にはないという立場をとっている。

 委員からは留保の撤回を求める意見が相次ぎ、勧告ではヘイトスピーチの蔓延や差別行為が適切に捜査、起訴されていない現状に懸念が示された。

 師岡康子弁護士は「ヘイトスピーチは差別であり、それが存在しているのだから、まず最低限の枠組みとして包括的な人種差別禁止法をつくるべきだと求められている」と解説する。

 政府がもう一つ留保の理由に挙げるのが「表現の自由」との兼ね合いだ。規制が表現の自由を萎縮させる危険があるとする。

 ここでも国際的な認識との落差が浮き彫りになる。

 委員からは「暴力の表現は表現の自由ではなく、暴力だ」「暴力を唱導することは表現の自由と区別することができる」「表現の自由とヘイトスピーチ規制は矛盾しない。一人一人は表現の自由と同時に社会的責任を有している」といった声が上がったという。

 政府は、京都の朝鮮学校で「朝鮮半島へ帰れ」「スパイの子」などと街宣活動した「在日特権を許さない市民の会」(在特会)のメンバーらが名誉毀損(きそん)や威力業務妨害で有罪判決を受けたことを例に、現行法でも対処できていると説明した。だが、師岡弁護士は「警察は告訴状をなかなか受け取らず、逮捕は8カ月後だった。日本の学校で同じことがあれば現行犯逮捕。勧告は、現行法でできることすらやっていない運用を改めるべきだとも求めている」と指摘する。

 そもそも民族といった大きな集団が標的とされ、被害者が特定しにくい場合は立件が難しいのが現状で、実際、ヘイトスピーチデモはいまも街中で繰り返されている。有田氏は「やはり新法が必要。侮辱罪や名誉毀損罪があるように、表現の自由は絶対ではない」と訴える。超党派の議員連盟で人種差別撤廃基本法案を秋の臨時国会に提出する準備を進めており、「人種差別を禁じる法律は世界100カ国以上にある。ヘイトスピーチ規制が国家による言論統制に悪用される危険性を指摘する声もあるが、乱用を許さないよう監視を強めながら前進するしかない」。

 師岡弁護士も強調した。「規制はマイノリティーの尊厳を守るためのものであり、乱用されてはならないということは勧告にも明確に書いてある」

記者の視点・石橋学 「沈黙強いるヘイトスピーチ」


 川崎駅前でそのデモがあったのは昨年5月のことだった。それは、何かの主張でも、単なる憎しみの表明でもなかった。

 「朝鮮人をたたき出し、きれいな街、川崎をつくりたい」「殺人、強盗、放火とやりたい放題の在日は出ていけ」

 圧倒的多数者の立場から少数者へ向けられた言葉の暴力。ある集団を排斥するためにデマさえ用いておとしめ、さげすみと憎悪をあおるヘイトスピーチ。「川崎では初めてだが、在日が多く住む街だからこそ言うんだ」。在特会の桜井誠代表は胸を張ってみせた。

 カウンターと呼ばれる、デモに抗議し、阻止しようとする人たちも集まってきていた。「差別主義者は帰れ」。その罵声はこちらにも問うていた。

 傍観していて、よいのか-。

 無性にたばこが吸いたくなった。隅っこの喫煙コーナーへ。灰皿をはさんで向かい合った若い女性に尋ねられた。

 「あの人たちは一体、何を言っているんですか」

 名刺を渡し、説明した。

 「日本にいるなってこと? いいじゃないですか、在日がいたって。主張することは自由だけど差別はよくない」

 川崎区に住む会社員、22歳。母の日のプレゼントを買いに来た帰りだという。冷めた口調が印象的だった。

 「日本人にも悪い人はいる。実家の卵焼き屋に働きに来る中国人だっていい人。ひとくくりにしてこの民族は悪いなんて、よくないですよ」

 声を上げずとも、しっかりした考えを持っている人はいるものだと安堵を覚えていると、女性は言った。

 「私、おじいちゃんが朝鮮人なんです」

 立ち話を始めて5分くらいだったか、そのひと言を口にするまでの逡巡をいま、あらためて思う。川崎でのデモはその後も4回行われている。京浜工業地帯を抱え在日1世から4、5世までが暮らすこの街で、どれだけの人が「私は在日です」と言えずにいるだろう。

 ヘイトスピーチは受けた者に沈黙を強いる。身に感じる危険から、出自を明かすことができなくなる。反論も封じられる。そうしてその人の存在自体が否定され、なきものとされてゆく。

 社会の公正を守るだけではない、言論・表現の自由を守るためにヘイトスピーチを規制する理由がここにある。

〈ヘイトスピーチに関する勧告〉
・憎悪や人種主義の表明、集会での人種主義的暴力と憎悪に断固として取り組むこと。
・インターネットを含むメディアにおけるヘイトスピーチと闘うための適切な手段を取ること。
・そうした行動に責任がある民間の個人並びに団体を捜査し、適切な場合は起訴すること。
・ヘイトスピーチと憎悪扇動を流布する公人、政治家に対する適切な制裁を追求すること。
・人種主義的ヘイトスピーチの根本的原因に取り組み、人種差別につながる偏見と闘い、異なる国籍、人種、民族の諸集団の間での理解、寛容、友好を促進するため教授、教育、文化、情報の方策を強化すること。

◆人種差別撤廃条約 人種、皮膚の色、血統、民族などの違いによる差別をなくすため必要な政策・措置を行うことを義務付ける国際条約。1965年に国連総会で採択され、日本は95年に批准した。人種差別撤廃委員会は条約に基づき設置された国連の組織で、条約の順守状況を監視するため批准国が提出した報告書を審査し、勧告を出す。対日審査が行われたのは2001、10年に続いて今回が3度目。

 
 

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