大雨の影響で6月、横須賀市ハイランドの市道脇の崖地が崩れた事故で、土地所有者の1人が崖地の寄付を申し出て、市が受け入れていたことが28日、分かった。市は9月から防災工事の手続きに乗り出す。私有地の崖崩れ対策は所有者の責任で行うのが原則で、こうした寄付を受け付けるのは異例という。市は「崩落規模が大きく、住宅地につながる市道脇の斜面であることを考慮した」と話している。
崩落斜面の一帯は2010年度、土砂災害防止法に基づく土砂災害警戒区域に指定。指定を受け、危険の周知や警戒避難体制が整備され、市は11年3月にハザードマップを作成した。一方で、崩落防止の推進を定めた急傾斜地法に基づく「急傾斜地崩壊危険区域」には指定されておらず、工事基準も満たしていなかった。
危険な崖地が私有地の場合、所有者らの要望があり、高さ5メートル以上、傾斜角30度以上、人家5戸以上など同法に基づく指定基準や、「自然崖」であるなどの工事基準を満たせば、県による工事が行われる。しかし、今回の崖地の大部分は工事基準を満たしていなかった。
市でも個別に助成制度を設けているが、上限は535万円で、多額の自己負担が生じるのが実情だ。
今回の崖地は昨秋にも台風の影響で一部が崩落。市は斜面をブルーシートで覆うなどの応急処置を取り、土地所有者2人に安全対策を講じるよう呼び掛けていた。6月の崩落はその最中に起こった。崩落範囲は高さ約35メートル、幅約20メートルでけが人はなかったが、市道が約1カ月間通行止めとなり、現在も一方通行が続いている。
市によると、私費で防災工事を行えば、数千万円の費用が掛かる。こうした状況などから、大半の土地を持つ所有者1人が7月中旬に寄付を申し出た。市は斜面脇の市道が、約1万人が暮らす住宅地につながるバス通りであり、再び崩れた際の危険性を考え、申し出の受け入れを決めた。私有地の管理は土地所有者が行うべきという原則を踏まえると、異例の措置となる。市は「現場は住宅地への大事な入り口。すぐにでも着工を目指したい」と話す。
9月上旬に業者と契約を結び、契約後1カ月以内の着工を目指す。表層をコンクリートで網の目状に覆う「法(のり)枠(わく)工(こう)」という工法を用いる。来年3月中旬の完成を見込む。
02年度に国土交通省がまとめた調査結果では高さ5メートル以上、傾斜角30度以上で、周囲に人家があるなどの条件を満たし、崖崩れの恐れがある「急傾斜地崩壊危険箇所」は県内に7163カ所、市内では今回の崖地も含め1027カ所となっている。
◆崖地対策の限界露呈
横須賀市が土地所有者の寄付を受け入れる形で、防災工事の手続きに乗り出すこととなった。しかし「異例」の判断をしなければ、私有地の崖地対策は円滑に進まない現状もあらためて浮き彫りになった。
急傾斜地法では、土地所有者らが、崖地の崩落が起こらないように努めなければならないとする。所有者らによる施工が困難な場合、崖地の高さや傾斜角など危険区域の指定基準などを満たせば都道府県による工事が行われる。所有者らの要望が前提で、所有者の考え次第という側面を持つ。自治体による助成制度もあるが、基準や上限が決められている。規模や工法によっては多額の自己負担が発生するため、利用のハードルは低くない。
今回の崖地は昨秋の台風で最初の被害が発生。6月の大規模崩落では、地元住民から「危険を感じていた」と声が上がったが、行政側は所有者責任の原則を貫くしかなかった。市関係者は「助成制度が利用できても個人では賄いきれない金額だが、所有者に保全を促すほかない」と現行制度の限界も口にした。
今回、危険性や住民への生活の影響を考え、寄付を受け入れた。しかしあくまで特例であり、寄付は積極的に受け入れない考えに変わりはない。今後、私有地の崖地の安全対策をいかに効果的に進めるか。各地に共通する「宿題」は積み残されている。
【神奈川新聞】