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蓮池透さん
時代の正体〈19〉拉致再調査を前に(下)「和解」見据えているか

社会 | 神奈川新聞 | 2014年8月19日(火) 12:33

北朝鮮への制裁を求め、家族会と救う会の記者会見で発言する蓮池透さん(右)=2003年11月10日、東京都港区のホテル
北朝鮮への制裁を求め、家族会と救う会の記者会見で発言する蓮池透さん(右)=2003年11月10日、東京都港区のホテル

 はっきり言って調子に乗っていた、と打ち明けた。

 北朝鮮による拉致の被害者家族、蓮池透さん(59)の独白。「あんなことを言って大丈夫だったろうかと自問することは次第に増えていったのだが」。拉致が明らかになり12年、その目に映る様変わりした景色を思っていた。

 2003年5月3日、拉致発覚翌年の憲法記念日、招かれた集会で聴衆に問い掛けた。

 「弟は北朝鮮に突然自由を奪われ拉致された。平和憲法を唱えるこの瞬間も日本人の人権は侵されている。憲法9条が足かせになっているなら由々しきことだ」

 保守系の識者らが主催した公開フォーラムだった。登壇前、やはり講演者の1人だった故・中川昭一氏に聞いた。

 「何をしゃべればいいんですか」

 「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」(拉致議連)の会長を務め、政界きっての右派、改憲論者として知られた中川氏は言った。

 「9条が邪魔だと言ってくれ」

 「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)を離れたいま、振り返る。

 「当時は『はあ、そうですか』と言われるまましゃべっていた。一方、自分は被害者だから何を言っても許されると思っていた」

 やがて北朝鮮が核実験を強行、ミサイル発射実験も報じられ、その脅威論とともに核武装論、敵基地先制攻撃論までが政治家の口から公言されてゆく。

 その1人が突然の辞任後、雌伏の時を過ごしていた安倍晋三首相であった。

 「私も確かに強硬姿勢で臨むべきだとは主張した。ただ、制裁はやるなら戦略的に、と言ってきたつもり。しかし、拉致問題は少しも進展しないまま、まったく別の方向へ政治利用されてしまった」

 率直な物言いに悔悟がにじんだ。

倒錯


 集会に顔を出せば、記念撮影をと政治家が列をなし、襟元には決まってブルーリボンバッジが光っていた。

 しかし続く膠着(こうちゃく)。疑問が頭をもたげた。

 「政治家にとってあのバッジは踏み絵か票集めのためのものでしかなかった。あるいは、制裁することしかできず、北朝鮮とのタフな交渉に向き合おうとしない自分たちへの免罪符か」

 政治家だけではなかった。

 「俺なんてノンポリで、政治に関心もなく、ましてや北朝鮮のことはろくに学校で教わっていない。被害者家族といっても、事件の前までは一般の庶民の一人にすぎなかったのだから」

 関心を寄せたこともなかったかの国のことを教えてくれたのは、支援組織「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)だった。

 「こちらはとにかく情報がほしい。そこへさも見てきたように、言う。あの国はもう持たない。この冬で崩壊する。そうすれば被害者は帰ってくる、と。もっとも、毎年同じことを言われ続けることになるのだが」

 違和感が決定的になったのは04年、当時の小泉純一郎首相の再訪朝に反対するデモだった。横断幕を手に先頭を歩くのが常だったが、交渉するための再訪朝反対がなぜなのか、家族会、救う会の方針に疑問を抱き、後列に回った。

 「右翼風な人や軍服にゲートルを巻いた人までいて、打倒北朝鮮と叫んでいた。救出してほしいと訴えていたはずなのに」

 集会では息をのんだ。

 「しまのダブルのスーツを着たこわもてな人たちが集まっているかと思うと、ボランティアで手伝いをしているのは高校生だった」

 政治的意図と純粋な善意が混然一体となった、目もくらむような倒錯の光景-。それはしかし、北朝鮮バッシングの空気に覆われた日本社会の縮図といえた。

対話


 解決を阻んできたものは何か。拉致被害者再調査の最初の結果が間もなくもたらされるいまこそ、見詰めるべきだと考える。「やはり北朝鮮はけしからんという声があふれ、また解決が遠のく」

 思い返す弟、薫さんの言葉。

 「日本は過去に何万人と朝鮮人を拉致したんだから、20人やそこら拉致して何の問題があるんだ、と北朝鮮では言われてきた」



 相殺はあり得ない。過去は過去、拉致は拉致であり、個別に問いたださねばならない。「だが、相手を問うなら、自らも問わねばならない」。朝鮮半島を植民地支配した負の歴史に向き合う必要があると考えるようになった。

 こうも言った。「北朝鮮が憎いというのは分かるが、あの国に住んでいる人すべてが憎い、というのは違うぞ」

 けしからん国、何をしでかすか分からない国、そこに住まう貧しく劣った人々。対話の相手とさえ見られないまなざしが映し出す、自分たちの国は正しく、われわれは優れているという優越意識。そして、それこそは、かつて植民地支配を正当化するために用いられた国家の論理であると気付く。

 しかし-。「安倍首相こそは過去を正当化しようと試みる1人ではないか」。その口からは拉致問題解決への意欲のみが語られ、再調査の合意文書にある過去の清算、その先の国交正常化への道筋は語られない。

 感じてきたことがある。

 「戦後の日本はアジアから加害国と責められ続けてきた。拉致問題は唯一、被害国だと国際社会で胸を張って主張できる事件だ。そのカードを失いたくないという政治家が少なからずいる」

 北朝鮮を名指しし、安倍首相が踏み切った集団的自衛権の行使容認にその一つの帰結をみる。

 いまなら、こう言える。日本の植民地支配があり、敗戦があり、東西冷戦の最前線としての南北の分断があり、敵対の果て、拉致は引き起こされた。「歴史を俯瞰(ふかん)した上でこの問題を解決した先にこそ、本当のゴールが見えてくると思うのだが」

 互いの不信を解き、二度と過ちは繰り返さないと誓い合う、和解という名のゴール。

 なぜなら、と続けた。「早くに国交正常化がなされ、日朝関係がいいものであったなら、拉致事件そのものが起きなかったといえるのだから」

◆拉致被害者の再調査に当たっての日朝両政府の合意内容

 
 

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