
自然の山道を走り抜ける新しいスポーツ「トレイルランニング」(トレラン)をめぐり、鎌倉市で「安全論争」が巻き起こっている。山歩きを楽しみたいハイカーがランナーとぶつかる不安を訴えれば、トレラン愛好家は配慮を主張。トレランの規制を求める陳情を採択した市議会に対し、レースを手掛ける団体が抗議の意見書を提出する事態になっている。古都の自然を愛するがゆえの対立、ゴールはいずこに-。
休日の昼下がり、涼風吹き抜ける切り通し。ハイカーの列を縫うようにランナーが追い抜いてゆく。
コースの見守り活動を20年近く続けるボランティア団体「鎌倉ハイキングクリーン」の代表、御法川齊さんが眉をひそめる。
「鎌倉のハイキングコースの利用者は高齢者から子どもまで幅広い。ランナーと接触し、けがをする心配がある。まずは安全第一だ」
今年2月、「トレイルラン規制の条例化についての陳情」を市議会に提出。接触事故の危険とハイキングコースが荒れる可能性を指摘。タイムレースや団体走行の禁止から、個人のトレランの全面禁止、ランナー専用道の新設・整備などを検討するよう求めた。
御法川さんは「最低限タイムレースはやめてもらいたい。山では立ち止まって道を譲り合うのがルール。ぶつかっても謝らないランナーもいると聞く。マナーの浸透が急がれる」と話す。
■反論
市議会は3月定例会で陳情を採択。こうした規制に反発しているのが奥多摩(青梅市)や鎌倉でトレランレースを開催してきた「NPO野外活動(自然体験)推進事業団」だ。
抗議を込めた反論の意見書を6月に市議会に提出した。都心近郊にあって自然体験の重要性を指摘した上で、レースは一般ハイカーが多い時間帯を避け早朝に実施していること、場所によっては追い越し走行を禁止し、係員を配置するなど安全性を高める工夫を凝らしていることを訴えた。
同団体は10年前から鎌倉市内をコースにしたトレラン大会を開催しているが、事故は一度もないという。
団体の代表理事、片山成允さんは「すでに多くを妥協し譲り合っている中で、条例による規制というのはあまりに一方的。まずは実態を見てほしい。利用する時間帯や期間、コースを調整すればレースを行うこともできるはずだ」としている。
■模索
一般のトレイルランナーからは今後を危ぶむ声が上がっている。7年前から鎌倉市内のハイキングルートを走るようになったという地元の会社員の男性(57)は「近くの山で走れなくなったら困る。全面禁止はあり得ない」とこぼす。
市観光商工課は「大会の主催団体にはタイムレースをやめるようお願いしているが、条例化によるトレラン禁止は当面考えない」という。一方、NPO野外活動推進事業団は来年以降もレースを開催する意向で、市の合意を得たい考えだ。
共存の道を模索する動きも出てきた。全国で年間12大会を主催する「パワースポーツ」(鎌倉市)を経営する滝川次郎さんは、地元企業や地域のランナーらで構成する「鎌倉トレラン協議会」を近く立ち上げる。
規制が条例などで一律に広がっていくことに懸念を抱く滝川さんは「自治体の側にランナーの顔が見えているか。自主的なルールを検討する中で、どうすればいいか、みんなが考える環境づくりが必要」と話す。めぼしい観光資源のない地方では大会がまちおこしにつながったケースもあるといい、「鎌倉はランナーが多くいる都心に近い。親しみやすい地の利を生かし、初心者がマナーや安全な走行を学ぶ場として活用してはどうか」と提案している。
◆トレイルランニング 山道や林道などの未舗装路(トレイル)を走るスポーツ。山岳マラソンとして多くの愛好家がいたが、ランニングブームと相まってここ2、3年で人気に火が付いた。頂上を目指すのではなく、里山の林道をコースにするなど全国で多くのレースが開催されている。観光地の乏しい自治体ではまちおこしの一策として歓迎されているケースもある。一方、観光客やハイカーの多いところでは過密に拍車が掛かり、山道が荒れたり、ランナーのマナーの悪さが指摘されたりしている。
【神奈川新聞】

