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原因不明の難病に挑む 遺伝子レベルの個別化医療へ

社会 | 神奈川新聞 | 2014年7月8日(火) 14:00

難病の原因解明へ次世代シークエンサーを駆使しゲノム解析に取り組む松本教授=横浜市大大学院
難病の原因解明へ次世代シークエンサーを駆使しゲノム解析に取り組む松本教授=横浜市大大学院

「生命の設計図」と言われるヒトゲノム(全遺伝情報)解析計画「ヒトゲノムプロジェクト」の完了が宣言されて11年が経過した。遺伝学はゲノムの個人差に着眼し、病気の原因を突き止め、個人に合った治療法の開発を目指す段階に入った。今年6月、難病克服のための国内研究拠点に選ばれた横浜市立大学大学院(同市金沢区)の研究グループ(遺伝学)は高度なゲノム解析技術を駆使し、難病の原因遺伝子の特定で数々の実績を挙げている。遺伝情報に基づく個別化医療の可能性を先端の研究現場に追った。

「数千万個のタイルを組み合わせて描かれた富士山のタイル画を想像してみてほしい」。横浜市大大学院医学研究科の松本直通教授は人の「設計図」、全遺伝情報を無数のパーツで構成されるタイル画に例えた。「難病の原因になる遺伝子異常は、タイル画を構成する数千万カ所のうち1カ所だけ欠けている状態に近い。全体に悪影響を及ぼしているその部分を突き止めることがゲノム医療実現の第一歩」

約60兆個の細胞から成る人体。細胞の核には遺伝情報が書き込まれたDNAが折り畳まれて詰まっている。DNAは4種類の塩基がペア(対)になってつながった二重らせん構造をしており、塩基の配列によって生命活動の根源が決められている。塩基が遺伝情報を伝えるための文字だとすると、人の全塩基配列は32億文字に相当する。そのすべてを解読することが、ヒトゲノムプロジェクトの目的だった。

■原因遺伝子を特定

新生児期から乳児期早期にかけて発症する難治性のてんかん性脳症。松本教授は「この種のてんかんの大半は原因が不明で、根本的な治療法がなく、難しい診療を強いられる」と話す。難治性のてんかんは薬剤によるコントロールが難しく、有効な治療法を開発するためには、患者のDNA配列を解析し病気の原因となる遺伝子の異常を特定する必要がある。

原因遺伝子の解明へ向け松本教授らの研究グループが活用したのは、塩基配列を自動解読する次世代シークエンサー(全遺伝子解析装置)だ。

次世代シークエンサーは2000年代半ばに登場し、改良を重ねて解読スピードや精度が飛躍的に向上。松本教授は「人の全遺伝子(2・2万個)を2週間程度で解析できる時代になった。技術革新を遺伝子レベルでの病気の原因解明と、治療法や予防法の開発に結びつけていくことが重要」と説明する。

一方で、原因遺伝子を発見するためには、DNA配列の解読に加え、配列がどのような意味を持つのかを解釈する必要がある。大量の遺伝子データの解析を積み重ねた結果、研究グループは難治性のてんかん性脳症の複数の原因遺伝子を突き止め、専門誌に発表してきた。松本教授は「原因遺伝子の解明は治療法開発の第一歩であり、さらに患者や家族を原因不明の病気という呪縛から解き放つことにもなる」と、その意義を語る。

■現場から研究者へ

松本教授は九州大医学部を卒業後、産婦人科医として医療の世界に入った。

周産期や出産の現場で遺伝的な胎児の異常に直面した。母胎の羊水から胎児由来の細胞を取り出し、培養した染色体やDNAから遺伝子の異常を調べる出生前診断に携わるようになり、「難病の成り立ちを理解するためには遺伝的知識が不可欠。遺伝学を一から学ぶ必要に迫られた」。人の遺伝学研究を精力的に進めていた長崎大大学院の新川詔夫教授の研究室に入り、研究者として活動を始めた。31歳のときだった。

02年以降、松本教授らは25種類の難病の原因遺伝子を発見。横浜市大は11年度から次世代シークエンサーを活用した原因究明、治療法開発の国内5拠点のうちの一つになり、今年6月には研究成果の実用化を進めるための中核拠点の一つに選定された。いずれも国のプロジェクトとしてのものだ。

松本教授は「現在知られている人の病気は約7700種類に上る。ただし、その半分は原因が解明されていない」と前置きし、続ける。「ゲノム解読から解釈へ、塩基配列に対して医学的、生物学的な意義付けをしていく作業はまだ膨大に残っている」

研究者として歩み始めた1990年代、ヒトゲノム解読計画が始まり、世は一大ゲノムブームに。「新たな生命科学の幕開けとして、人類初の有人月飛行計画に匹敵するほど華々しく、熱気にあふれていた」

一方、大学院で研究を開始した当時、解析技術はまだ初期段階。400倍の顕微鏡下で人の染色体の一部を針で切り取り、切り取った染色体のDNAから遺伝子を取り出す作業を一日中続けていた。「病気の遺伝子のリスト化が目的だったが、まさに手仕事、職人技だった」。次世代シークエンサーが登場し、人の全遺伝子・全ゲノムを10日ほどで解読できる現在とは隔世の感があるという。「ゲノム研究の現場では既存の技術が新規技術の登場によりすぐに陳腐化する。その繰り返しが延々と続いている」

■予防医療に可能性

相次ぐ技術革新によって解析技術が進歩を遂げる中、「人の病気、病的状態は遺伝的に非常に多様なことが分かってきた」。松本教授の研究グループの強みは、国内拠点として全国から難病を中心に多数の症例が集まっている点だ。薬が効かない重症型のてんかんについて数百例を解析したところ、個々の検体で異なる10種類以上の遺伝子での異常が見つかった。

「一見すると症状は同じように見えても、原因遺伝子が異なるのであれば、投与する薬の効果は当然異なる。遺伝レベルの個人差を踏まえた医療は技術的には可能となっていく」。ゲノム情報は難病の治療法の開発に有用であるばかりではない。病気によっては遺伝子の異常を発見することで、あらかじめ病気の発症を防ぐ予防医療への展開も可能となりつつある。

技術革新により早晩、人の全ゲノム情報を千ドル(約10万円)程度で解読することが可能になる見込みだ。

松本教授は「個人のゲノム情報は不変なので、ゲノム解析を1度すれば一生役に立つデータを得ることになる。個人のゲノム情報に基づく予防医療の実現も現実味を帯びてくる。将来の国民医療費削減のためにも、パーソナルゲノム解析を医療に実装することを真剣に考えていく時代になった」と強調している。

◆ヒトゲノムプロジェクト

1990年、6カ国の24機関が参加し、DNAを構成する4種類の塩基が織り成す約30億万個の文字の遺伝暗号解読に着手した。1953年のDNAの二重らせん構造の発見からちょうど50年目の2003年に完了した。

【神奈川新聞】

 
 

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