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靖国とは何か 弁護士・内田雅敏さん「たたえるのではなく”悼む”施設を」

社会 | 神奈川新聞 | 2014年4月3日(木) 11:51

内田雅敏さん
内田雅敏さん

日米韓首脳会談で朴槿恵韓国大統領と初の首脳会談にこぎつけた安倍晋三首相だが、歴史認識をめぐる日韓の溝はなお深い。中国を含めた隣国との関係悪化に拍車を掛けたのが首相自身の靖国神社参拝だ。中韓はなぜ、反発するのか。それは過去、現在において靖国とは何か、という問いにつながっている。この問題に詳しい弁護士の内田雅敏さんに聞いた。

「死者を追悼するのは当たり前のことだ」「外国からとやかく言われる筋合いはない」-。

靖国参拝への批判に対してよく聞かれる反論だ。しかし、この声こそが「問題の本質を理解していないことの表れ」だと内田さんは言う。「死者の追悼、慰霊が批判されているのではない。靖国に参拝すること自体が問題なのだ」

例に挙げるのが、毎年8月15日に政府主催で行われている全国戦没者追悼式。太平洋戦争の犠牲者約310万人を追悼しているが、「この式典が中国や韓国から批判されることはない」。

話は靖国誕生からの歩みにさかのぼる。

■慰霊と顕彰

創建は明治維新翌年の1869年。戊辰戦争による官軍の犠牲者を慰霊するためだった。79年、「東京招魂社」から「国を安(靖)らかにする」の意味を込め、靖国神社に改称。戦前は陸海軍両省により管理され、国家神道の精神的な柱をなす存在となった。

「そこでは死者を追悼するというより、国に命をささげた英霊を顕彰するということに重点が置かれた」と内田さんは説く。

戦死した軍人を神としてまつることで、国のために死ぬことを誉れとし、奨励する。先の大戦では、だからこそ出征兵は「死んで靖国で会おう」と誓い合い、散り、しかし、戦争遂行の担い手たる皇軍は再生産されていった。

追悼と顕彰の近くて、はるかなる距離。

「犠牲者の利用」は戦後も続く。連合国軍総司令部(GHQ)の神道指令通達で国家神道は廃止され、靖国神社は宗教法人となったが、「新しい神社にもかかわらず、熊野神社や出雲大社といった歴史ある宗教施設をしのぐ地位を築いていった。支えとなったのが、戦死者の魂を独占するという虚構だ」。

どういうことか。

靖国にまつられているのは日清・日露戦争、第2次世界大戦などで犠牲になった軍人ら約246万6千柱。人はそれが理不尽な死であるほどに、理由を見いだしたい。愛する人が亡くなったのは国を、家族を守るためだった。間違った戦争による、間違った死などではなかった。そう思いたい。たたえられることで悲しみは誇りに置き換えられる。その数が多いほど、靖国の存在意義は増していく。

「その虚構を維持するため、一人の戦死者も逃がさなかった。植民地支配下にあった朝鮮半島、台湾出身の戦死者も無断でまつり、たたえた。たたえるからには、先の大戦が正しい戦争でなくてはならない。これが靖国が持つ聖戦という歴史観だ」

■聖戦の史観

靖国が靖国であるための「聖戦史観」。極東国際軍事裁判(東京裁判)で裁かれたA級戦犯14人が合祀されたのは、当然の成り行きといえた。中韓の批判を受け「分祀論」も語られるが、靖国は分祀に否定的だ。A級戦犯を手放した瞬間、靖国は靖国ではなくなってしまうからだ。

その歴史観は併設された資料館「遊就館」の展示に色濃い。太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼び、アジアを欧米列強の植民地支配から解放するための正しい戦争だったとしている。

内田さんが続ける。「日本政府の公式見解とは正反対の立場だ。そこに日本の代表者が参拝すれば、『日本は戦後の誓いを忘れたのか』と思われても仕方がない」。侵略され、植民地支配の苦しみを味わった中韓はだから反発する。

ここに現在進行形の問題が浮かび上がる。

首相の参拝は憲法の政教分離原則に抵触するか否かも論点の一つとされてきたが、内田さんはやはり事の本質は歴史認識にあると強調する。

「憲法に照らせば、前文にある『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し』という部分に反する」と指摘。「戦後日本はここから再出発したはずだ。1972年の日中共同声明、85年の中曽根首相の国連総会演説、93年の河野談話、95年の村山談話と、いずれも歴代政府の公式見解は憲法前文を踏まえ、一貫して反省の意を示してきた。だが、靖国の歴史観はまさにそれを否定している」

その戦後否定の歴史観が透けて見えるのが自民党の改憲草案だ。日本の戦後の反省と誓いの部分が削除され、「我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており」という文言に置き換えられた。内田さんは「自民党の改憲案も靖国参拝も、思想的には全く共通したものだ」と指摘する。

そして「戦後レジーム(体制)」からの脱却を掲げ、憲法改正に意欲をみせる安倍首相である。東京裁判について昨年3月の衆院予算委員会で「連合国側による勝者の断罪」との持論を展開。その歴史認識は歴代内閣とも一線を画す。参拝には米国政府からも「失望した」という批判の声が上がる異例の事態となった。

■悼む施設を

内田さんは考える。たとえ侵略戦争であっても、一般の戦死者は国の命令に従って出征したのだから、国がその死を悼むことは必要だ。遺族が慰霊を求める気持ちもまた、自然なものだ、とも。

そして、そこに虚構の物語に取り込まれる落とし穴がある-。

「靖国神社が存在し得た理由の一つに、遺族の戦死者に対する思いを救う施設がなかったということがある」

内田さんは問い掛ける。

「戦後の反戦・護憲運動はその点、非常に冷淡だった。平和を唱えながら、非業の死、無念の死を強いられた死者たちの声に真摯に耳を傾けるということが十分ではなかったのではないか」

解決のため、内田さんが訴えるのは新たな国立追悼施設の建設だ。「ただし」と、強調した。「それは悼むということであって、たたえたり、感謝したりしてはいけない。その瞬間に死者の政治利用が始まってしまう」

○うちだ・まさとし

1945年生まれ。68年早稲田大法学部卒。弁護士。関東弁護士会連合会憲法問題委員会委員長などを経て、現在日弁連憲法委員会委員、東京弁護士会憲法問題協議会委員。戦後補償請求訴訟や自衛隊イラク派兵違憲訴訟などに携わる。

【神奈川新聞】

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