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~関東大震災90年~ 復興を超えて(8)
未曽有に学ぶ〈40〉継承◆生き抜く知恵求めて

社会 | 神奈川新聞 | 2014年3月18日(火) 00:00

元街小の被害状況を描いた八木彩霞のスケッチ(横浜市史資料室所蔵)
元街小の被害状況を描いた八木彩霞のスケッチ(横浜市史資料室所蔵)

激震に耐えられず、猛火で焼け落ちた反省から、横浜市内に31校が建てられた鉄筋コンクリート造の「復興小学校」。その堅牢(けんろう)さは子どもたちの誇りでもあったが、老朽化には抗しきれず、平成に入り当時の校舎はすべて姿を消した。

時代とともに知る機会が失われていく学びやの苦難。わずかに残る手掛かりを大切にしようと、足元の歴史を見つめ直す人たちがいる。

横浜市中区の市立元街小学校。約570人の全校児童に今月、母たちの思いがこもった地図が1枚ずつ配られた。「元街っ子 防災家族会議のためのマップ」。登下校時の安全確保を主眼に、PTA成人教育委員会がこの1年間の取り組みを結実させた。

「う回路に良いと思われる道」は青の破線。「避難に向かないと思われる道」は赤の二重線で示した。有志の保護者も参加したまち歩きで学区の特徴や気になる点を調べ、行政が発行する防災マップにはない肌感覚を表現している。

「川に海、崖地。高層ビルもあれば、木造住宅の密集地も広がっている」。地震発生時を頭に描きながらわがまちに目を配ると、危険な要素が一様でないことに気付き、どんな形で注意喚起をすべきか毎日のように話し合った結果だ。

その過程で関東大震災にも関心を向ける。「子どもの命を守りたいとの思いだけでは、この取り組みは広がらない。きちんとした事実に基づいて進めるためにも、過去に学ばなければ」

当時の元街小は2600人もの児童が通い、市立小全36校のなかで最悪の145人が犠牲になった。

1923年9月1日午前11時58分。その瞬間の校内の状況を「横浜市震災誌」が記録する。

〈大震は突如として襲來(しゅうらい)し、校舎は激しく動搖(どうよう)し、硝子(がらす)は碎(くだ)け壁は崩れ落ちて、恐しき噪音(そうおん)と塵埃(じんあい)とは校内を暗憺(あんたん)たらしめた〉

校舎は激しく被災し、運動場には大亀裂。さらに苦難が襲いかかる。

〈校舎は午後三時頃になって全燒(ぜんしょう)した〉

洋画家でもあった当時の元街小教員、八木彩(さい)霞(か)によるスケッチには、後方から炎が迫るなか、つぶれた校舎から手を挙げて救助を求める姿が描かれており、必死に命をつなごうとした人々の奮闘が浮かび上がる。

この絵画を昨年の震災90年企画展で飾った横浜開港資料館に足を運び、インターネットで震災に関する被害や教訓の記録も探ったPTAの母親たちは、災禍の歴史をいまの備えに生かそうと模索した経験をかみしめる。「何が危険かが明確になり、安全な場所も分かった。漠然とした不安が消えた」「自助の一歩を踏み出せた。防災について子どもや周囲の人と話すきっかけにしたい」

元街小から700メートルほどの市立港中学校は昨年、市民グループ「防災塾・だるま」の協力を得て、生徒自らが防災マップ作りに挑戦した。夏休みの宿題として一人一人が通学路にある危険な場所を確かめ、白地図に書き込んだ。最終的に1枚の大きな地図にまとめられ、キーワードの「自分の命を守りきれ」のタイトルとともに昇降口に掲げられている。

その成果を発表する昨年12月の全校集会。今回の活動を主導した保健委員会のメンバーが学校周辺で想定される津波高に関して質問すると、生徒たちは「10メートル」などと答え、東日本大震災の巨大な津波が強く印象付けられていることをうかがわせた。海抜を加味した「正解」は「2・9メートル」だった。

そんなやりとりに続けて、90年前の横浜の惨状を映像で見せた横浜市史資料室調査研究員の松本洋幸(42)は「原点」という言葉を使って語り掛けた。「皆は3月11日のことはよく知っていると思うけれど、関東大震災でちょうどこの場所も震度7の揺れと大火災に見舞われた。横浜では2万6千人ぐらいが亡くなった」

港中の前身、横浜尋常小学校は校舎が全焼。始業式を終えて既に帰宅していた児童のうち89人がそれぞれの地域で犠牲になった。

いまの生徒たちは東日本大震災時は小学生、95年の阪神大震災のときはまだ生まれていなかった。より時代をさかのぼる関東大震災について知ったのは「東日本の後」が少なくない。田迎(たむかい)紫生(しき)(1年)は「テレビで見た」、陳毅志(2年)は「日本史の本で読んだ」とし、委員会活動が理解を深める場になった。

マップ作りを通じて意識を高めた北川志奈(1年)は将来を見据える。「地震が起きてから安全に過ごせるように考えるのでは遅いんだと思う。関東大震災のことも、子どもが生まれたら、まず先に伝えたい」

節目の90年に、折々の講演で科学の限界と自助努力で生き延びる大切さを訴え続けてきた名古屋大教授の武村雅之(61)は強調する。「震災の歴史は人間の失敗の歴史である」と。そして言葉を継ぐ。「その歴史を繰り返さないために、私たちは本当に学ばなければいけない」。発生から長い時を経て、かつてない広がりをみせた「原点」を見つめる旅は、なお途上だ。 =敬称略、おわり

【神奈川新聞】


完成した防災マップの配布を準備する元街小PTA成人教育委員会の母親ら
完成した防災マップの配布を準備する元街小PTA成人教育委員会の母親ら

横浜市立港中学校の生徒に関東大震災の教訓を語る松本さん(右)=2013年12月19日
横浜市立港中学校の生徒に関東大震災の教訓を語る松本さん(右)=2013年12月19日

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