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寿物語(4) 包容力 負のイメージ払拭を

社会 | 神奈川新聞 | 2014年2月26日(水) 00:00

猫をなでる男性。横浜・寿地区を歩くと、動物をかわいがる住人の姿を目にする
猫をなでる男性。横浜・寿地区を歩くと、動物をかわいがる住人の姿を目にする

雲の切れ間から柔らかな陽光がのぞく。ぬれた路面に反射し、町そのものが光を放っているかのようだ。

雨上がりの午後。横浜・寿地区の路地で、男性がうずくまっていた。足元には白地に茶色い模様が入った1匹の猫。なついているのだろう。優しく頭をなでる男性に身を委ね、うっとりと目を閉じている。傍らでは別の男性が食パンを細かくちぎり、ハトの群れに与えていた。

保育施設からは幼い子どもたちが手をつないで出てきた。保育士に見守られながら散歩に出掛ける子どもたちに、住人のお年寄りたちが声を掛ける。「いってらっしゃい」「気を付けてな」。相好を崩して手を振るさまは、自分の孫を見送る“おじいちゃん”だ。

寿は横浜を象徴する華やかな地域に隣接する。関内地区や横浜中華街からほど近く、元町商店街は線路を挟んで川向かい。山手地区やみなとみらい21(MM21)地区からも歩ける距離だ。だが、寿に一歩足を踏み入れると周囲の喧騒(けんそう)からは隔絶され、ゆったりとした時間が流れる。往時の「日雇い労働者の町」の面影は薄い。

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福祉作業所の運営に携わる佐藤真理子さん(61)が通りを歩いていると、ある光景が目に留まった。

顔見知りの60代とおぼしき全盲の男性が、白杖(はくじょう)をつきながら歩いていた。その先には、路肩に駐車中の小型トラック。大丈夫かなと見守っていると、通りの反対側からも70代とみられる男性がじっと視線を向けていた。「見守る。そんな表情で凝視していました」。白杖がトラックに触れ、全盲の男性は衝突を免れた。無事に通り過ぎたのを見届けると、見守っていた男性は安心したかのようにゆっくりと立ち去った。

寿の住人はさまざまな事情を抱え、お互いに一定の距離を保った関係になりがちだ。ただ、他者への無関心が進み、見て見ぬふりをする人も多い時代だからだろうか。寿で目にする優しさに、佐藤さんはハッとさせられる。「でも、寿だからという特別な優しさではなく、人が本来持っている当然の温かさ。それを持ち合わせた人たちです」

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寿にはしかし、今も「怖い」というイメージがつきまとう。「実態とはかけ離れているんですけどね」。寿日雇労働者組合の近藤昇さん(65)がぼやく。日雇い労働者が多く住み、「西部の町」と呼ばれたかつてのイメージを引きずる人は多く、向けられるまなざしは厳しい。「横浜の西部ではなく、西部劇。無法者というイメージですよ。本当に残念です」

イメージだけで実態は大きく異なる。「聞いたことがあるといううわさ」が独り歩きし、いつしか「実際に起こった事実」にねじ曲がり、怖いという感情だけが増幅される。「だからこそ始末が悪い。実際の姿を知らない人たちが持つイメージをいかに払拭(ふっしょく)するか。簡単ではありません」

負のイメージは差別や偏見となり、子どもたちの暴力を誘発した。1982年から83年にかけて、寿周辺の公園などで相次いだ路上生活者襲撃事件。死者も出る中、逮捕された少年らは「ごみを掃除した」と供述した。

「排除の論理は、今も根本的には変わらない。社会全体を覆っている」。近藤さんが指摘する。

路上生活者を見れば、考えなしに「怠け者」などの思慮を欠いたレッテルを貼る。地域から締め出し、自分の前から消えれば満足する。問題が別の場所に移動しただけなのに、あたかも解決したように錯覚し、なぜ彼らが路上で生活しているのか考えようともしない。「想像力が乏しすぎる。ぎりぎりのところで生きている人の姿から社会のありようを見詰める。そんな姿勢が欠けています」

6年後、東京五輪が開かれる。「町をきれいに」という合言葉の下、排除の論理がさらに強まるのではないか。近藤さんは危惧している。

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「日本社会がどんな人を締め出して成り立っているか。寿に身を置くとよく分かる」。伝道所を構えて26年余、牧師の渡辺英俊さん(80)の実感だ。

例えば、独り暮らしのお年寄り。アルコール依存症も当てはまる。だが、そもそも大きな誤解があるという。「日雇い労働者が酒を飲んで依存症になったのではない。ストレス社会の中で押しつぶされた人が飲酒して発症し、居場所がなくなって寿に流れ着く。誰の身にも起こりえる」。問題の本質は寿の外にこそあるという。

寿は10年先、20年先の日本社会を映す一方、すでに私たちのすぐ隣にも“寿”がある。市寿地区対策担当係長の上林伸好さん(53)は「深刻な高齢化や単身世帯の増加に直面している団地や町内会は少なくない」と指摘。こうした地域では福祉が比較的手厚い寿と異なり、「生きづらさを抱えた人の存在が見過ごされてはいないか。多くの埋もれた声があるかもしれない」と懸念する。

「高齢者や障害者、問題を抱えた人たちを地域で支える力、『地域力』が落ちている」。そう強調するのは担当課長の中路博喜さん(60)だ。多くの人が住み慣れた場所では暮らしていけず、寿が終着点になっている現状に「寿がすべてのニーズに応えるには限界がある」と訴える。

訪れる人を拒むことはない。すべてを受け入れ、包容力のある町-。寿とつながる多くの人がそう表現する。

佐藤さんも、その一人。「『寿だけは』『寿だから』ではなく、さまざまな問題を背負った人が、寿以外の地域でも生きていける社会になってほしい」。寿で暮らして40年余、特別なことは望まない。ただ、寿の町、ひいては寿の住人を特別視しない。そんな社会を願う。それもまた、多くの人が共有する思いだ。 =おわり

【神奈川新聞】

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