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寿物語(2) 居場所 心開く仲間とともに

社会 | 神奈川新聞 | 2014年2月24日(月) 00:00

高齢化が進んだ横浜・寿地区では、つえを突く住人の姿が目立つ
高齢化が進んだ横浜・寿地区では、つえを突く住人の姿が目立つ

通り沿いの食堂から、白髪の男性が満足そうな表情で出てきた。

「いやー、うまかった」。にんまりと笑い、「ここのカレー(ライス)は懐かしい味がするんだ」。300円という値段やごろりと入った大ぶりな具材もお気に入りだ。簡易宿泊所(簡宿)が立ち並ぶ横浜・寿地区の一角。男性はおなかをさすりながら、ゆったりとした足取りで路地に消えた。

NPO法人「さなぎ達」が運営する「さなぎの食堂」。安くておいしい食事を提供し、寿の住人や路上生活者を中心に多くの人々の胃袋を満たす。

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古里を離れ、都会に出てきた時期が重なる。多くの寿の住人と同じ時代を歩んできた。同法人事務局長の桜井武麿さん(70)と寿の関わりは、足掛け50年に及ぶ。

宮城から東京都内の大学に進学し、信仰の場を寿の教会に求めた。高度経済成長期、寿に暮らす日雇い労働者には同世代が多かった。教会にふらりと立ち寄る住人もいて、彼らと会話を重ねるうちに気付いた。沖縄、アイヌ民族、被差別部落…。「出自を理由にいわれなき差別や偏見に苦しんでいる人たちが、寿にはいかに多いことか。彼らが横浜を、日本を下支えしていました」。会社勤めをしながら教会に足を運び、彼らの姿を見続けた。

転機は、1982年から83年にかけて相次いだ事件だった。関内駅周辺や山下公園で、路上生活者が少年グループに襲撃され、死者も出た。当時の牧師が路上生活者を訪ねるパトロール活動を始めたと知り、勤め帰りに参加するようになった。

路上生活者の声に耳を傾けると、彼らは昼間に過ごせる場所を求めていた。「孤立が深まれば、行き着く先は自死」。彼らはもう一度、いろいろな人とコミュニケーションを取りたいと思っていた。路上生活者が“自主管理”する形でスペースを確保すると、ギターを弾いたり、絵を描いたり。自分の殻に閉じこもっていた人たちがお互いに認め合うようになった。

「人が生きていく上で、自分を認めてくれる仲間の存在は大きい。心を開いて一緒に過ごすことができる。そんな安心できる居場所が必要です」。憩いの場は「さなぎの家」と呼ばれるようになり、食堂隣のスペースなどには日々、寿の住人や路上生活者が集う。

今も続けるパトロールは、毛布や食料を手渡すことが本来の目的ではない。あなたのことを見ている人がいる。そんな安心感を届ける。「誰かが自分を思ってくれている。自分は必要とされている。そう自覚することで、人は前を向いて生きることができるんです」

ホームレスは、単に住居を失っただけではない。家族や古里とのつながりを失った「ファミリーレス」であり、生きる希望や居場所を失った「ホープレス」でもある。誰もひとりぼっちにしない-。それが合言葉だ。

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老いや病が身近な寿では、多くの医療・福祉関係者が住人の暮らしを支えている。同法人理事長の山中修さん(59)もその一人。2004年、大病院の部長を辞め、寿近くにクリニックを開院した。

「無縁社会という言葉がはやっていますね。でも寿ではずっと前からです」

死の床に就く人が、家族に囲まれながら「ありがとう」と感謝し、しっかりと手を握り締められながら最期の時を迎える。そんな理想とされる死と正反対にあるのが、当時の寿の死だった。住人は家族との絆を持たず、社会とのつながりを失ったまま亡くなる。山中さんは孤独死と向き合ってきた。

その答えが、身寄りのないお年寄りを対象にした見守り活動だ。医師や看護師、ヘルパー、学生ボランティアらがチームを組み、人生最期の日々に寄り添う。体調を見守るだけではない。できる限り願いをかなえようと、買い物や散歩に付き添い、食べたい物を用意する。悩みや不安に耳を傾け、安否確認の役割も担う。高齢化著しい日本の将来を見据えた孤独死防止のセーフティーネットだ。

福祉事業者が次々と進出し、介護型にリニューアルされた簡宿が身寄りのないお年寄りを受け入れてくれる。寿では衣食住に加え、医療、看護、介護が手厚く保障されており、他の地域では生きていけないお年寄りをケースワーカーが安心して送り出す。

「捨てられたという思いで寿に来た高齢者も、献身的な愛情に包まれるうちに訪問してもらえることが生きがいになる。最期は看取(みと)ってもらえるという安心感も生まれ、やがて寿が居場所になります」

亡くなる数日前になると死期が近いと感じる人は少なくない。最期に味わいたい物を口にし、親しい人に感謝の思いを伝える。住み慣れた場所でその時を待ち、そして静かに旅立つ。人生の最終章を家族のように伴走する人々と過ごすことができれば、たとえ息を引き取る瞬間は一人だったとしても、孤独死とはいわないのではないか。

「孤独を受け入れてきた人でもやはり、その瞬間を一人で迎えるのは寂しいものです。どんな人でも最期は『ありがとう』と言い、穏やかな表情に変わります」

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「寿は日本社会の10年先を走っている。日本の縮図であり、将来の姿を映す」。山中さんが強調する。

お年寄りの孤独死は「寿では、もはや過去の問題になった」。孤独死対策の成果だ。だが、誰もが一人になり得る社会。配偶者を亡くし、自身も入院して帰る場所を失い、寿に流れ着くお年寄りは後を絶たない。「寿だけではない。日本全体の問題です」

寿の人口は6500人前後で横ばい状態が続く。お年寄りが次々と亡くなる中、空き室となった簡宿の部屋を埋めるのは、新たにたどり着いたお年寄りだけではない。家族や居場所を失った若者や中年が次々と流入しており、多くは精神・身体・知的の3障害、アルコールやギャンブルなどの依存症、リストラや派遣切りなどの問題を抱える。

依存症は何らかの障害を伴うケースが少なくない。「行き場のない障害者が集まっており、10年後の寿は『障害者の町』になる」

寿で既に始まっている新たな動きは、日本の将来を占うものでもある。

【神奈川新聞】

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