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平和つなぐ 戦後75年
「戦争だけは、だめだ」 終戦75年、変わらぬ思いつなぐ

社会 | 神奈川新聞 | 2020年8月15日(土) 05:00

 苛烈さを極め、県民の4人に1人が命を落とした沖縄戦や、旧ソ連に捕らえられ、過酷な労働を強いられたシベリア抑留の経験者が自らの体験を語った。新型コロナウイルス感染症の影響で、語り部活動もままならない異例の夏。敗戦を迎えた15日を前に講演した2人は、変わらぬ思いを口にした。「戦争だけは、絶対にだめだ」

あの経験、二度と シベリア抑留の西倉さんが講演


シベリア抑留の経験を語る西倉さん=13日、横浜市金沢区
シベリア抑留の経験を語る西倉さん=13日、横浜市金沢区

 第2次世界大戦後の3年間、シベリアで抑留された西倉勝さん(95)=相模原市南区=が13日夕、横浜市金沢区で開かれた「戦争体験を語り継ぐつどい」で、過酷な抑留生活を振り返った。

 西倉さんは敗戦3日後の1945年8月18日、ソ連軍による武装解除を受け、200キロ歩いた後、貨車に乗せられ、ソ連・極東のコムソモリスクに収容された。ここでは抑留者の約25%が亡くなったという。

 零下30度の中、荷物の積み降ろしや住宅建設といった強制労働に従事させられた。誰もが「寒さ、飢え、重労働」に苦しむ日々。西倉さんは最も過酷だった道路工事を「つるはしで凍土に穴を掘るのが本当に大変だった」、ノルマに応じて配給された食事について「みんな空腹で、食料の配分は命懸けだった」と回顧。いつしか仲間の間で生まれた「故国(ふるさと)の土を踏むまでは、白樺(しらかば)の肥やしになるまいぞ」との合言葉を、三重苦を耐え抜く力に変えたと説明した。48年7月、ようやく帰国が決まったが、「本当に乗船するまで信用できなかった」という。

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