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「売春と慰安婦は違う」 関東学院大・林博史氏、NHK会長の発言で

社会 | 神奈川新聞 | 2014年2月5日(水) 12:01

反省なき戦後を反映


 旧日本軍の従軍慰安婦問題をめぐり、NHKの籾井勝人会長が「戦争をしているどこの国にもあった」と発言した。就任会見で語られた発言は根拠が不明確な上、慰安婦の実態や人権への基本的な認識を欠いているという点においても公共放送のトップとしての資質が問われるものだ。慰安婦問題に詳しい、関東学院大の林博史教授に発言を検証してもらった。

(1)「戦争をしているどこの国にもあった」

 慰安婦制度の実態について公文書や資料、証言などを基に調査研究を続ける林教授は言い切る。「第2次大戦中に限れば、慰安婦制度があったのは日本とドイツだけだ」

 林教授らが慰安婦問題の理解のためインターネット上に開設したサイトでは、日本軍慰安婦制度の特徴として計画の立案、女性集めと輸送、慰安所の管理などすべてが軍の管理下に置かれ、時には軍が直接実施している点を列挙。こうしたケースはナチス・ドイツの例を除いてあり得ないとしている。

 それがなぜ、「どこの国にもあった」ことになるのか。

 「一般の売春と同じものだと意識的にねじ曲げて理解し、一般の売春であればどこの国にでもあると考える。そういう理屈なのだろう」

 林教授がそう指摘する思考の回路は籾井氏の発言内容からもうかがえる。

 籾井氏はドイツのほか、フランスを挙げた上で「ヨーロッパにはどこだってあった」と発言。「なぜオランダに今も(売春街を示す)飾り窓があるんですか」とも述べている。

 「慰安婦制度は軍が組織的に女性を集め、公然と管理・運営したもの。日本軍の場合は海外への輸送まで軍の船やトラックを使った。そういう意味で一般の売春とは明確に区別しなくてはいけない」

 第2次大戦後では、朝鮮戦争で韓国軍にも慰安婦制度があったとされるが、「当時の韓国軍の幹部は多くが旧日本軍の一員だった。つまり日本軍が残したあしき遺産を踏襲したものだった」

 籾井氏は記者から発言内容の根拠を問われ、「なかったという証拠もない」と反論した。林教授は「同じような制度がほかの国にもあったというならば証拠を示すべきだ」と指摘する。

 (2)「今のモラルでは悪い」

 戦前の日本には公娼制度があった。特定の業者と女性たちが売春業を営むことを公認し、警察に登録させるものだ。

 「この制度が存在していたのだから、慰安婦制度もその延長にすぎず、当時はあって当たり前だったと主張する人もいる。だが、実際はそうではない」

 20世紀に入り、公娼制への反対運動は急速に高まった。全国の県議会で「事実上の奴隷制度」との批判が相次ぎ、廃止決議が出された。1930年代には国際連盟も問題視し、日本政府は公娼廃止に乗り出した。

 「公娼制は当時のモラルで考えてもおかしい制度で、廃止に向かっていた。その動きに逆らって導入されたのが慰安婦制度だ。その制度を軍が組織した。当時も決して当たり前だったわけではない」

 98年には国連人権小委員会で採択されたマクドゥーガル報告書が「慰安婦が自由を奪われた事実上の奴隷で、奴隷制は当時も国際法に違反した」と指摘。戦後の日本政府も損害賠償の責任を負っているとしている。

 また、当時から海外に連れていくために人身売買やだまして連行することは国外移送目的誘拐罪に当たった。実際に軍から女性を集めるよう依頼を受けた業者が警察に逮捕されるケースも存在したという。

 (3)「日本だけが強制連行をした」

 林教授は誘拐事件を例に挙げて説く。「誘拐事件で問題となるのは連れ去った先での監禁行為だ。暴力的に連れ去ったか、言葉でだまして連れ去ったかは問題ではない」。同じことは慰安婦問題でも言うことができる。

 前出のサイトでは、女性たちがどのように連行されたかについての証言を紹介している。「無理やり日本軍人にトラックに乗せられた」といったものから「日本の工場に入れてあげる」「勉強ができてお金がもうかるところに連れていってやる」とだまされたケースまでさまざまだ。

 林教授は「慰安所に女性を連れて行き、働かせたことが一番の問題だと捉えるべきで、強制連行を論点にすること自体が誤っている」と話す。サイトでは「慰安婦問題の本質は何か?」と題し、強制連行の有無を問題にすることを「論点のすり替えであり、重大な問題から人々の関心をそらそうとするもの」と指摘している。

 では、ためらいなく発せられた籾井氏発言の背景にあるものは何か。

 「一番の問題は日本の戦争責任の取り方。戦争への反省が十分されていないところにある」

 それは、旧日本軍の関与や強制性を認めた河野洋平官房長官談話を見直そうとする政治家の動向や、中学校の教科書から従軍慰安婦の記述が消えたこと、あるいは在日コリアンへの差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)が街中で横行していることともつながっていると、林教授はみる。

 「過去と向き合いきちんと反省していれば、社会の基盤となるような価値観が共有されていたはずだ。その価値観とは自由であり、民主主義であり、基本的人権の尊重でもある。それを踏みにじることは政治的立場を問わず、許されない。つまり、日本社会のありようにかかわる問題だ」

 ■はやし・ひろふみ 1955年、神戸市生まれ。関東学院大経済学部専任講師、助教授を経て現職。専攻は現代史、戦争・軍隊論。日本の戦争責任資料センター研究事務局長。昨年8月には吉見義明・中央大教授らとともに、慰安婦問題の理解のためのサイト「FIGHT FOR JUSTICE 日本軍『慰安婦』-忘却への抵抗・未来の責任」(外部サイト:http://fightforjustice.info/)を立ち上げた。

〈慰安婦についての籾井氏の発言要旨〉
「戦時中だからいいとか悪いとかいうつもりは毛頭ないが、この問題はどこの国にもあったことですよね。違いますか」
「慰安婦そのものがいいか悪いかと言われれば、今のモラルでは悪い。じゃあ従軍慰安婦がどうだったかと言われると、その時の現実としてあったということ」
「従軍慰安婦が韓国だけにあって、ほかになかったという証拠がありますか。戦争をしているどこの国でもあったということ。ドイツやフランスにはありませんでしたか。ヨーロッパはどこでもあったでしょう。では、なぜオランダには今でも飾り窓があるのですか」
「韓国がやっていることで一番不満なのは、韓国が、日本だけが強制連行をしたみたいなことを言っているからややこしい。だから、お金をよこせ、補償しろと言っている。日韓条約ですべて解決している。それをなぜ蒸し返されるのか。おかしいでしょう」

■従軍慰安婦問題■ 1930年代から45年の敗戦まで日本の戦地・占領地で軍が造った慰安所で軍人・軍属の性の相手をさせられた女性たちのこと。日本人もいたが朝鮮人、中国人、フィリピン人、インドネシア人など日本人以外の比率が圧倒的に多かった。
 91年に元慰安婦の韓国人女性が名乗り出て政治・外交問題化した。政府は、民間業者によるもので軍の関与はないと主張してきたが、調査の結果、93年に軍の関与のほか強制性や人権侵害があったことを認める河野洋平官房長官談話を発表した。
 95年には「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)が創設され、首相のおわびの手紙と民間募金による償い金が渡されることになった。364人が償い金を受け取ったが、あくまで国家による賠償を求めて受け取りを拒否した元慰安婦も多くいた。
 河野談話以降も、政治家からは慰安婦は自由意思で売春をしたといった談話の内容を否定する発言が相次ぎ、2007年には第1次安倍内閣が、軍や官憲による強制連行を直接示す資料は見当たらなかったとする内容を閣議決定した。

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