1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 【ひとすじ】まだ見ぬ世界求めて(下)

フォトグラファー・柏倉陽介
【ひとすじ】まだ見ぬ世界求めて(下)

社会 | 神奈川新聞 | 2014年2月2日(日) 11:34

月明かりに照らされた北八ケ岳山系を見渡す柏倉さん=長野県茅野市
月明かりに照らされた北八ケ岳山系を見渡す柏倉さん=長野県茅野市

 2011年8月。ネイチャーフォトグラファーの柏倉陽介(35)はイタリアにいた。世界最高峰の山岳レースとして名高い「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」(UTMB)。この大会へ、日本からのオフィシャルカメラマンとして現地入りしていた。

栄冠

 ヨーロッパアルプスの名峰モンブランを取り巻く山岳地帯約166キロ(累積標高差9600メートル)を46時間以内に走破しなければならない熾烈(しれつ)なレース。選手は睡魔と空腹に耐え、昼夜を問わず山域を駆け巡る。当然撮影も過酷を極める。

 柏倉は、切り立つ岩肌を遠くに見据える山道で、夜明け前から3時間ほど、ランナーの通過を待っていた。狙っていた日本人選手の撮影を済ませ、別のポイントへ移動し始めたとき、足を引きずりストックにもたれかかりながらも、歩を進める一人の選手とすれ違った。

 振り返る。霧が流れ、陽光に照らされた岩稜(がんりょう)がいま、まさに顔をのぞかせていた。

 「光と人が交差する。その延長に僕が立っている」。そう実感する。カメラを握る。周囲の音が聞こえなくなる。止まらない。シャッター音さえも。

 UTMBの一幕を切り取ったこの写真は数多くのポスターや雑誌に掲載され13年、再び世界的な自然写真賞ネイチャーズ・ベスト・フォトグラフィー(NBP)のアウトドアアドベンチャー部門で入賞した。


13年NPB入賞作品。タイトルは「100マイル」。ヨーロッパアルプスの名峰モンブランを中心に総距離166キロを46時間以内に走破する世界最高峰の山岳レースの模様を撮影した(本人提供)
13年NPB入賞作品。タイトルは「100マイル」。ヨーロッパアルプスの名峰モンブランを中心に総距離166キロを46時間以内に走破する世界最高峰の山岳レースの模様を撮影した(本人提供)

経験

 1月16日午前4時。自費で北八ケ岳山系へ撮影に訪れていた柏倉と、記者(36)は山小屋を出た。月明かりを反射し白銀がきらめく。月に吐息を向けると虹色の輪ができた。

 雪に覆われた眼前の斜面を直登すれば、山並みを見渡す小高い丘の上に出られる。星空を切り取る尾根と眼下に広がる広大な樹林帯を臨むことができるはずだ。

 相変わらず一帯は氷点下20度近い。アイゼンが雪面を踏みしめる。はいつくばり吹きだまりをかき分け、やがて高木が生育できなくなる森林限界を超える。風が強くなる。標高は2400メートル余り。

 「寒いので、汗をかかないようにゆっくり行きましょう」。10年ぶりに雪山へ入った記者へ柏倉が声をかける。野外行動で経験豊かな柏倉の足取りはやはり軽い。山小屋を出てから、標高差約30メートルを一気に急登すると視界が開けた。

 遮るものがなく強風がもろに吹き付ける。厳冬期用の防寒具で全身を固めているが、それでも正面からは受けていられない。記者がバックパックを下ろし終えると、柏倉はすでに撮影態勢を整えシャッターを切っていた。

 「う~ん。こんなもんかな」。夜空に浮かぶ岩稜の姿は、柏倉にとっていまひとつインパクトに欠けていたようだ。「こういう積み重ねが大事なんです」。どのタイミングでどこへ行けば何が撮れるのか。知識と経験だけが腕を上げる。


星空を撮影しようと岩稜に三脚を構える柏倉陽介さん。背後の発光体は「月」だ
星空を撮影しようと岩稜に三脚を構える柏倉陽介さん。背後の発光体は「月」だ

 一方、記者は必死だ。鼻水が吹き飛ぶ。薄暗がりで焦点が定まらない。「こういうときはどうやって撮るんですか?」。間の抜けた質問が寒風にかき消される。事前に受けた手ほどきを思い出しなんとか数枚を収めた。

理由

 「カメラって、使い方をちょっと覚えれば誰でも撮れる。あとは何をどう撮るか」。最後は撮る人の、人間としての力、と言い切る。

 柏倉は、雑誌の取材を通じて、多くの人と出会い、話を聞く機会が多いという。大洋をカヌーで横断する人、山岳の安全を守り続ける人、わずかな食料と睡眠で山野を駆け巡る人-。

 ときに極限まで自らを追い込み、解を求める。彼らが語り見つめる世界を、柏倉もまた垣間見る。「人との出会いこそが、僕の写真を高めてくれていると思う」

 出会った人から、人生のほんの少しを分けてもらい、糧にする。そんなイメージだ。

 なぜ撮り続けるのだろうか。「もうこの世界に『前人未到』はほとんどない。見たことないシーンってもうないんです。でも、僕にとっては初めて見る世界なんですよ。まだ見ぬ世界には、必ず感動がある。それを伝えたい。そういう意味で世界は、人生があと何回あっても足りないくらい夢中になってしまうほど面白い」

 柏倉が写す世界には、感動と、そして人のぬくもりが込められているのかもしれない。=敬称略


山小屋のストーブで冷え切った指先を温める。独特の空気が、心を暖める
山小屋のストーブで冷え切った指先を温める。独特の空気が、心を暖める

【柏倉陽介(上) 道照らした涙の一枚】

かしわくら・ようすけ 1978年生まれ、藤沢市在住。2004年ごろから独学で写真を学び、07年に「ネイチャーズ・ベスト・フォトグラフィー」(NBP)に入賞。09年には写真界のアカデミー賞ともされるインターナショナル・フォトグラフィー・アワード(IPA)のアンダーウオーター部門3位入賞。13年には再びNBPで入賞。同年IPA(その他部門)2位入賞。さらに、「ナショナルジオグラフィック国際フォトコンテスト」にも入賞した。自然雑誌を中心に活躍し、風景・人・文化部門で入選多数。

ひとすじに関するその他のニュース

社会に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング