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地位協定の解釈に一石、「山崎裁判」が残したもの/横須賀

社会 | 神奈川新聞 | 2013年12月28日(土) 23:16

7年にわたる裁判を終え、「勝ち負けでなく、闘った意味は大きい」と自宅で語る山崎さん=横須賀市日の出町
7年にわたる裁判を終え、「勝ち負けでなく、闘った意味は大きい」と自宅で語る山崎さん=横須賀市日の出町

米兵に婚約者を殺害された山崎正則さん(65)=横須賀市日の出町=が起こした米兵と米軍、日本政府の責任を問う国家賠償請求訴訟は6月26日、最高裁で上告が棄却され、判決が確定した。しかし、7年にわたる裁判で勤務外の米兵に対する米軍の監督権限があるのを認めさせるなど、米兵犯罪における日米地位協定の解釈に一石を投じた。判決から半年。「山崎裁判」は何を残したのか。

山崎さんが住むマンションの部屋からは房総半島まで見渡せる。「女房がここにしようって言ってさ」。2006年1月3日朝、出勤途中に婚約者の佐藤好重さん=当時(56)=は米兵に殺害され、帰らぬ人になった。居間のテーブルの椅子には今も、好重さんが使っていたかっぽう着が掛けられている。あの日から、時は止まったままだ。米兵は強盗殺人罪で無期懲役が確定し、服役している。

山崎さんは刑事裁判が終わった後の06年10月、日米地位協定に伴う民事特別法により、横浜地裁に提訴。09年5月、地裁判決は勤務外の米兵に対する米軍の監督責任が生じる場合があるとの認識を示したが、同事件に関しては米軍の裁量権の範囲内として米軍と国に対する賠償請求を認めなかった。最高裁は13年6月、地裁と同様の東京高裁判決を追認、上告を棄却した。

最高裁判決によると、米海軍上司の監督権限について、「駐留する米海軍人に対し、その犯罪行為により日本国民の生命、身体等に危害が及ぶような事態を可及的に防止する措置を講ずべき作為義務を負っているということはできない」とした。「つまり、監督責任には日本人の生命、身体を守るものは含まれないんだよ」。山崎さんは指摘する。

一方で、勤務外の米兵に対する米軍の監督権限の存在を認めさせたのは、日米地位協定に風穴を開ける大きな前進だった。山崎さんと弁護団は、海兵隊・海軍兵を対象とした、公務外の自由時間での飲酒などによる事故予防のための米軍上層部による指導方針「リバティー・キャンペーン・プラン」の文書を極秘入手。指針では、全ての部隊指導者が公務時間外の自由時間に積極的に指導力を発揮するよう記されていた。「存在すら日本人には知らされていなかった」。証拠として法廷に提出した。

米兵犯罪の被害者は「泣き寝入り」が多いといわれる。山崎さんはなぜ、法廷で闘い抜いたのか。

事件発生の翌日から3日間、山崎さんは横須賀署で事情聴取され、自宅には鑑識も入った。「警察の取り調べもひどいが、マスコミも私を犯人扱いした。犯人は基地内ですでに拘束されていたというのに」

加えて事件後、当時の米海軍第7艦隊司令官と在日米海軍司令官が国民向けに公開した書簡の末文に唇が震えた。「この悲しい事件をきっかけに、日米の関係と同盟がより一層強化されるように願ってやみません」。山崎さんは今も許さない。「好重は、日米同盟のために殺されたわけではない」。米軍も国も市も、そして犯人も、山崎さんに直接的な謝罪はなかった。

「金(補償金)目当てか」と、心ない中傷を受けたこともあった。だが、長い裁判を通じて得たものはある。「最高裁で棄却されたが、判決文はずっと残る」。今後仮に米兵関連の犯罪が起きた際、判例や心血を注いで集めた膨大な資料が被害者のために生かされると信じている。

山崎さんは39年間、横浜市内の路線バスの運転手として定年まで勤め上げた。「こんな事件がなければ、世の中のいろんなことも考えなかったと思う。何もかも初めての体験だったが、自分を応援してくれる声が張り合いだった」。自宅の一室にはバス車内で撮った2人の写真が飾られている。「男って意外とこういうの捨てられないんだよな」。写真に納まる好重さんは、いつもほほ笑んでいる。

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バスの運転手時代に、生前の佐藤さん(右)と写真に納まる山崎さん
バスの運転手時代に、生前の佐藤さん(右)と写真に納まる山崎さん

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