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まちづくりを問う 横浜・北仲通地区再開発(下)、識者に聞く

社会 | 神奈川新聞 | 2013年9月22日(日) 10:54

シルク博物館専門員の小泉勝夫さん
シルク博物館専門員の小泉勝夫さん

まちづくりと帝蚕倉庫に代表される歴史的建造物はどう調和し、共存すべきなのか。再開発計画を進めるに当たって、公共性や透明性をどう担保するのか。横浜・北仲通地区の問題では、過去と未来をつなぐ事業に関わる行政の力量が問われている。シルク博物館専門員の小泉勝夫さん、横浜国立大学名誉教授の吉田鋼市さん、横浜市立大学教授の鈴木伸治さんの3人に現状に対する見解や今後の展望を聞いた。

◆将来見据えた視点を(シルク博物館専門員・小泉勝夫さん)

横浜がこれだけ大きな都市に育ったのも、生糸貿易があったからこそだと思う。昭和のころ、日本の生糸の大半は帝蚕倉庫で扱って世界に出ていったわけだから。

関東大震災で生糸検査所も倉庫も何もかもなくなった。そこに政府の予算がついて、震災翌年の1924年12月25日から検査所とその付属施設としての倉庫の工事が始まった。それまでは業者が個々に取り扱っていたのと違い、倉庫で一括して保管し、荷造りをして送り出してくれた。そういう非常に便利な存在だった。全国の生糸を輸出する大きな機能を果たした。

昭和30年ごろまでは輸出の1、2位をずっと維持していた。それを過ぎると自動車や精密機械に抜かれて廃れるけれども、昭和の終わりまでは生糸の倉庫として活躍した。床が木張りで湿度やいろいろな面にも配慮されていて、生糸をきちんと保管できた。

歴史を語る財産であり、横浜市の大きな文化財だと思う。むしろ本来なら、市の将来のためにどう機能させていくかを知恵を働かせるべきだ。保存するか解体するかを議論するのではなくて。いまの経済情勢だけで判断するのではなく、将来をじっくり見据えた視点も必要なのではないか。

あの場所にシルク博物館や開港資料館のようないい施設を集めて、横浜の歴史を見せるテーマパークにしてもいいとさえ考えている。現代の工法であれだけの建物を残せないわけはないと思う。いくら復元するといっても、取り壊してしまうのは残念この上ない。

◆本物の情報失われる(横浜国立大学名誉教授・吉田鋼市さん)

あれだけの規模のものを曳屋(ひきや)にして保存したら、これは建築の歴史上、大変な快挙になったのに。もったいないことをした。

取り壊して復元というのはレプリカと同じ。レプリカを認めてしまえば、歴史家の果たす役割が終わる。私は建物は本物が大事と言い続けているが、それは、本物には100%の情報があるし、今の人は気づかなくても、千年先の未来の人に分かるメッセージが秘められているかもしれない。レプリカでは本物が持っていた無尽蔵の情報が完全に失われてしまう。

横浜第二合同庁舎(旧横浜生糸検査所、竣工は1926年)は外観を全面復元し、駐車場を確保するためにA号倉庫を取り壊してしまった。横浜地裁(同29年)は復元だけれど一部を残した。横浜税関(同34年)は4分の3が、横浜地方気象台(同27年)は全部が残った。この四つの建物は、それぞれの時代を代表するもの。歴史的に意義のある建物を税金で残す、修理することは、おおむね国民的な理解を得られるようになったのではないか。

復元と決まったからには、そのレベルが一番大事になってくる。元々の姿に忠実で学術的な評価に耐えうるものを、誰がどう担保するのかは非常に重要な問題。何らかの機関がそれを担わなければいけないが、それがいまひとつはっきりしない。

市長の諮問機関として、都市美対策審議会や歴史的景観保全委員が存在している。本来この二つが大きな権限を持って発言すべきなのだと思う。

◆横浜の良さが解体(横浜市立大学教授・鈴木伸治さん)

事業者側の再開発計画の見直しで、帝蚕倉庫は曳屋で保存するのではなく取り壊して復元することにした。いわばレプリカで、歴史遺産保全の観点からすると歴史的価値は落ちた。超高層ビルをホテルから高規格住宅にしたことで地域の貢献度合いも変わった。

これらの変更は、計画自体の是非を揺るがす根本的なことなのに、誰がどこでどう議論しているのかがまったく見えない。関係者しか知らないところでガイドラインが改定され、それが実質的な都市計画の変更に当たるということは、都市計画の正当性を揺るがしかねない。

曳屋でなく復元にするとして、どこまで精巧さを求めるのか、精巧さを誰がどう判断するのかも明確でない。横浜のまちづくりは行政が単独で進めてきたわけではなく、建築や歴史の専門家も関わってきた経緯がある。それを今回に限って行政だけで判断します、というのなら信頼関係は成り立たなくなる。

脈々と受け継がれてきた横浜の都市デザインの流れが途絶えるかもしれないという危惧がある。アジアの大都市では、歴史的建造物をオリジナルのまま残すのは当たり前とされている。横浜だけが80、90年代のまま。だからレプリカでも良いという考えが出てくる。

市は景観条例の中で、都市景観創出協議を明記している。協議というのは行政と業者のなれ合いではなく、一緒につくり上げていくプロセスだと思う。横浜の良さとして積み上げてきたものが、どんどん解体されていくように感じる。

【神奈川新聞】


横浜国立大学名誉教授の吉田鋼市さん
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横浜市立大学教授の鈴木伸治さん
横浜市立大学教授の鈴木伸治さん

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