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関東大震災での火災旋風を語る、平塚の97歳女性が東京でフォーラム

社会 | 神奈川新聞 | 2013年9月10日(火) 00:11

陸軍被服廠跡での被災経験を語る市川さん(中央)=8日、東京都慰霊堂
陸軍被服廠跡での被災経験を語る市川さん(中央)=8日、東京都慰霊堂

関東大震災で最大の犠牲者を出した当時の陸軍被服廠(しょう)跡に立つ東京都慰霊堂(墨田区)で8日、震災90年の記念フォーラムがあり、この場所で起きた「火災旋風」に巻き込まれながら奇跡的に助かった市川ふみ子さん(97)=平塚市=が自身の体験を語った。

1923年9月1日正午前の地震後、被服廠跡には周辺住民ら約4万人が続々と避難。持ち込んだ家財道具で身動きが取れない状況のなか、炎を含む竜巻状の渦「火災旋風」が起き、約3万8千人が死亡した。

当時、近くに住んでいた市川さんは父母らと一家7人で避難。一緒に身を寄せていた祖母や幼いきょうだいを失ったが、自らは一命を取り留めた。

「竜巻に飛ばされたけれど、水たまりに落ちて助かった」と振り返った市川さん。当時、目にした周囲の状況について「しちりんでおむすびを作って食べているときに竜巻が来たので、あちこちに火が飛んだ。みんな火の粉が付いて苦しんで、窒息して亡くなった方が多いみたいだった」と語った。

フォーラムは、震災90年を記念した1日から8日までの「首都防災ウイーク」の締めくくりに催された。都市防災や災害史の専門家が集い、震災の課題や教訓、今後の対策などを報告した。

実行委員長を務めた中林一樹明治大特任教授は東京での五輪開催決定を踏まえ、「次の災害への備えや復興につながるまちづくりを進めなければ」と強調。「これまで慰霊が中心だった被服廠跡で防災を発信できたのは大きな成果。これを震災91年、92年へとつないでいきたい」と述べた。

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