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関東大震災90年:被害記録、見直す動き、津波絵図や写真… 県内自治体、新たな視点で発掘/神奈川

社会 | 神奈川新聞 | 2013年8月31日(土) 23:43

絵図を基に90年前の津波の状況を探るフィールドワークの参加者=8月23日、逗子市小坪
絵図を基に90年前の津波の状況を探るフィールドワークの参加者=8月23日、逗子市小坪

1923年9月に起きた関東大震災の記録を新たな視点で見直し、「わがまち」の被害や経験を掘り起こす動きが、県内で広がっている。神奈川、東京を中心に10万5千人超の死者・不明者を出した大震災は1日で90年。記憶の風化が進む中、現代にも通じる教訓や課題を住民と一緒に見いだそうと、自治体が知恵を絞っている。

「海抜6~7メートル。津波はここまで来たと推測される」。8月23日、相模湾に面する逗子市小坪で行われたフィールドワーク。海から約200メートルの土蔵の前で、市民グループ「三浦半島活断層調査会」の蟹江康光さん(72)が関東大震災のときに押し寄せてきた津波のイメージを語った。

90年前は砂浜だったとみられる一帯に現在は住宅が立ち並び、さらに海側にマリーナが広がる。参加者の1人が不安を口にした。「津波の危険は今の方が高い」

フィールドワークは、当時の津波の実態や現在のリスクを4日かけて探る市と共催の「ずし減災大学」の一こまだ。活用したのは、震災翌年の発行とされる小坪海岸の津波絵図。現場で確かめた土蔵や押し寄せる津波から逃げる人々が、その中に描かれている。

市の津波ハザードマップの表紙に採用されたこの絵図に着目したのは、「逗子には被害写真がほとんど残っていない」(蟹江さん)からだ。小学6年の長男と参加した須々木昌さん(44)は「自宅が海に近いので津波は不安。絵図を見て実感が湧いた」と意識を高めていた。

一方、逗子市に隣接する鎌倉市には写真が数多く残り、図書館が9月1日からの展示に生かす。被害を刻んだ碑や犠牲者の供養塔にも注目、防災担当者がこの夏に7基を調べた。今後、市の地域防災計画に載せ、市民の目に触れるようにする。

過去に聞き取った体験者の言葉に光を当てる自治体もある。

地震対策の強化に向け、震災50年を前にした1972年と、82年の2度にわたり消防本部が計約340人から体験談を聞いた茅ケ崎市は昨年3月、成果の一部を小冊子にまとめた。「震度7の揺れに見舞われた湘南地方の被害実態はあまり知られてこなかった。なぜ火災が起きなかったのか、人々がどのように避難したのかを知るための手掛かりに」と活用を呼び掛ける。

平塚市も73年に行った聞き取り調査の成果を再録した冊子を昨春刊行。「東日本大震災を機に、関東大震災の状況や身近な地域の地盤に関する問い合わせが急増した」。証言からは、90年前に地盤の隆起や地割れが起きた場所の特徴が浮き彫りになっている。

約30年前に聞き取りを行った際の録音テープを一部デジタル編集し、今春開催した災害史の展示会場で音声を流した大磯町。「体験者の生の声を聞く機会はほぼない。足を止めて聞き入る来場者が多かった」という。

横須賀市や秦野市、座間市、津久井町(現相模原市)なども過去に本格的な聞き取りや体験記の編集を行っており、その成果を販売したり、閲覧などができるようにしている。

被害が比較的軽微だった地域には資料があまり残っていないが、「なぜ被害が少なかったのか、という視点での研究も必要」(大和市)といった発想も出てきた。県内で郷土史を担当する学芸員からは「これまでは震災という、いわば負の歴史に関する常設展示はなかった。過去に学ぶ機運が高まったのを捉え、今後は何らかの方法を考えたい」との声も上がっている。

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