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序列をこえた社会に向けて
やまゆり園事件 最首悟さんの手紙㉔

社会 | 神奈川新聞 | 2020年6月15日(月) 12:58

ノーといえない

  最首悟  2020/6/13

 前回の続きになりますが、何かに反対するとはノーと意思表示することです。ところが日本列島に住む私たちは、なかなかノーといえないと言われます。ノーと言えない日本人という評は外国からだけでなく、日本語を話す私たちもそう思っているところ大です。そして「ノーといえない」のでなく、「ノーといわない」のだと思っているところも大です。ノーという言葉を使わずに済ませたいのです。

 YesとNo、肯定と否定は、はっきりした二分の立場、態度です。国の運命を左右するような大ごとからこまごました日常茶飯事に至るまで、はっきりさせなければならないことに満ちています。でも、とどうしても言うほかない、というような事柄があります。「わたしをすき、きらい?」といわれたら、「きらいです」とはとうていえません。じゃあ、「すきです」というのか、イマイチそこまではいえないなあ、じゃあどう言えばいいのか。

 自分の気持ちだけでなく、相手を傷つけないようにしなければなりません。なんともいえませんとか、わかりませんでは直截すぎます。表情や言葉の抑揚や口ごもることなどまで含めて、なんとか嫌いではないけれど積極的に好きとまではいかないことを伝えようとします。そしてその悪戦苦闘ぶりから、「私を好きか嫌いか」というようなストレートな質問をしてはいけないことを相手も自分も学習していくというか、わきまえるようになっていくのです。それはすなわち、好きか嫌いかとあけすけに聞く人はそもそも敬遠したいという心性を育てることを意味します。

 もちろん開けっぴろげでいたいと誰もが望みます。でもそれは、相手をおもんばかる遠慮の上でのことです。残念ながら忖度という言葉が急に浮上して、狭い意味での定義をされるようになってしまいましたが、私たちの人間関係は気づかいや忖度なしには成り立たないのです。

 気をつかう関係の距離をさらに近づけると。相手と自分の混同ということも起こります。相手の身になってみるということと、自分の身が重なってしまうのです。子どもに対して母親が、「自分、何をしたか、わかっているの!」と叱ります。あるいは部下に対して上司が、「何を仕出かしたかわかっているのか」と怒ります。もっと距離が縮まると相手と自分を同一視してしまうことが起こります。てめえ!とか、おのれ!と怒鳴るとき、気づいてはいませんが、心の奥では自分にも罵っているというか、自分と相手をひっくるめて今起きている事態に怒っているというか、とにかくカッとなっているのです。

 私たち日本列島に住む者の対人関係の基本は「あなたとわたし」であるように思われます。そして「あなた」と言ったと途端に、相手を重んじていることを意味します。「あなた」と言わずに何か対等な表現がないか、それがないのです。例えば、結婚する前は結婚した後、相手を何と呼ぶか考えもしないのですが、いざ結婚したとなると途端に困ります。子どもが生まれるとホッとしてというか、お母さん、お父さんと呼び合います。でも対外的になんと呼ぶか難題です。

 米国では家庭から社会に至るまで名前で呼ぶのが親密の証しとされます。本当かどうか内実はわかりませんが、ロン・ヤス呼び合い関係は有名です。日本では、位とか格とかの違いを問題にすると、名前で呼ぶのは目下の者に対してです。父親が子どもを呼び捨てにする例があげられます。呼び捨てと言いましたが、友達同士でも名前を呼ぶのは親密ではあるけれど乱暴で軽んじている意味合いがつきまといます。教師が職業柄、お互いを先生と呼ぶのは致し方がない気もしますが、国会議員がお互いにそう呼ぶのは違うんじゃないかというのも多くの人の思いでしょう。

 戦後フランスにずっと住んで、日本のことを考えた森有正という哲学者は、こうしたあなた優位で自分がしっかりしない日本人のあり方を、「あなたのあなたとしての私」と表現しました。あなたが起点で、あなたにとってのあなたが即ち私であり、そのように思う私は、あなたの思いや考えを私のものだと思うというのです。ただ振り回されているだけではないのです。するとあなたが親であったり、村長であったり校長先生であったりして、その三人の考えが違ったりすると、私の考えや意見はふらつき一つに絞れなくなります。

 日本人は嘘つきだ、昨日言ったことと今日言うことは違うじゃないか、という見方を、森有正はヨーロッパから発信します。日本人は自分のあり方を省みて改めなければいけないと言います。ところが、その際日本人は世界の紛争の仲介役になれる希少な糊のような存在だとも付け加えました。人間関係だけでなく、関係を保つ根本に、相手の身になる、あなたファーストがあることが大事だというのです。次回、この項を続けます。

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