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横浜大空襲75年
難を逃れ生き抜いた女性、91歳で死去 体験の証言たどる

社会 | 神奈川新聞 | 2020年5月30日(土) 10:00

戦禍を生き延び、この春に亡くなった小川壽々子さん(棚澤明子さん提供)
戦禍を生き延び、この春に亡くなった小川壽々子さん(棚澤明子さん提供)

 横浜大空襲の難を逃れて生き抜いた女性が今春、91歳の生涯を閉じた。横浜市神奈川区の小川壽々子(すずこ)さんが亡くなる半年前、取材に訪れたフリーライターに託したのは戦争体験の継承。証言をたどって今の街を歩くと、戦禍の記憶と復興の記録が浮かび上がった。75年前を知る市民の息遣いとともに。

 片側2車線の車道を自動車がせわしなく行き交う。東急東横線反町駅前。北に松本通商店街、南に大門(現反町駅前)通り商店街を隔てる国道1号は、戦後の日米行政協定(現日米地位協定)で計画され、連合国軍総司令部(GHQ)の指示で敷設された。

 大門通り商店街で店を営む一家に生まれた小川さんが遺(のこ)した言葉に、当時の人々の温かさがにじむ。「街中に国道を通すなんて嫌だってみんな言っていたわ。狭いなりにも街は繁盛していた。国道が入ると人同士が離れてしまうでしょ」

 小川さんの記憶は、商店街をテーマにした取材を機に呼び覚まされた。昨年8月、地元の地域情報紙を執筆するフリーライターの棚澤明子さんに、商店街の会長から「街の長老」として紹介された。

 30分のインタビューは「質問をする間もなく、ひたすら受け止めた」(棚澤さん)。あふれ出す戦争体験は「涙は一切無く、ひょうひょうと。時に大笑いも交えて」打ち明けられた。東日本大震災の被災者らを取材してきた棚澤さんでさえ、予期せぬ展開に面食らった。

◆ ◆ ◆

 1945年5月29日。17歳だった小川さんは、勤務先の岸谷郵便局(同市鶴見区)に向かっていた。

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