【時代の正体取材班=田崎 基】宿願である憲法改正についてさまざまに言及してきた安倍晋三首相が今臨時国会でだんまりを決め込んでいる。解散総選挙が近いとの観測も飛び交う中、野党から「戦略的な答弁回避だ」と追及されても口は堅く結ばれたまま。「答弁する義務はない」と言い切る安倍首相に対して、改憲論議に詳しい倉持麟太郎弁護士は憲法上の義務を指摘する。

「この国会、とても饒舌(じょうぜつ)な総理が突然貝のように答弁をしなくなる」「総理は憲法改正について答弁する権能がないと言うが、いつ、誰が決めた論理か」
12日の衆院予算委員会、そう迫る民進党の山尾志桜里氏に安倍首相はのらりくらりとかわし続けた。
「(答弁の)義務はないんですよ。義務がなくても答える場合はありますよ」「いよいよ憲法審査会において議論をいただく段階になり、ここは私は自民党総裁として発言することは控えた方がいいという判断をした」
このやりとりに、憲法をないがしろにする首相の姿勢を再び見る思いがして倉持弁護士はため息をつく。
憲法99条には公権力担当者の憲法尊重擁護義務が規定されている。国民主権、平和主義、基本的人権の尊重をうたった前文では、この普遍的原理に反する「一切の憲法を排除する」と明記している。
「つまり、現行憲法は憲法に反する『法律』だけでなく、憲法の普遍的原理に反する一切の『憲法』も排除する、と書いてあるのです」
そうした位置付けの憲法を「尊重」し、「擁護する義務」が公権力を担う者にはあると倉持弁護士は指摘する。
そもそも自民党が2012年に公表した憲法改正草案自体、現行憲法に真っ向から対立するものとして批判が根強い。憲法13条の「個人」を「人」に書き換えている点や、基本的人権を制限する緊急事態条項が普遍的原理にことごとく挑戦する書きぶりになっているからだ。
自民党はその後4回の国政選挙を圧勝し、衆院で単独過半数の議席を占めるに至った。改憲草案が改憲論議の俎上(そじょう)に載せられる可能性も高まっている。
「そうであるなら、改憲案が普遍的原理との抵触があるのかどうか含めて見解を示す責務が公務員の長たる内閣総理大臣には憲法上あると言える。安倍首相は『行政府の長』だから答弁を差し控えると言っているが、行政府の長だからこそ答弁する責務が憲法上存在するわけです」
二重の基準
倉持弁護士は答弁回避の言い訳にも眉をひそめる。
自民党の高村正彦副総裁は「内閣は憲法改正について統一見解を示す立場にないから見解を述べる『権能がない』」と発言。倉持弁護士は「これはダブルスタンダードだ」と指摘する。
「内閣からの提案でなければ総理にコメントする権能がないなら、議員立法についてもコメントできなくなってしまう。でも、安倍首相は改憲草案の国防軍創設や改憲発議要件を緩和する96条改正について、国会の場で内閣総理大臣として言及してきた。権能がないというなら、これらの国会での発言はすべて越権行為となってしまいます」
そもそも憲法という重大なテーマについて、首相が答弁したり、しなかったり、憲法上その義務があったりなかったりということが、首相のさじ加減で決められるというのは一貫性に欠け、通用するはずがないと強調する。
回避の真意
口を閉ざし続ける姿に透ける意図がある。
倉持弁護士は「事を前に改憲論議を隠すのは安倍政権の得意戦術」と指摘する。記憶に新しいのは7月の参院選だ。年頭会見で安倍首相は「憲法改正は参院選でしっかり訴えていく」と言明したが、選挙戦が近づくと「必ずしも争点ではない」とトーンダウンし、安倍首相をはじめ自民候補の大半が街頭演説で改憲に触れることはなかった。「『丁寧に説明していく』と言っておきながら安全保障関連法案を強行採決したのと同じだ」

「改憲を国民的議論として盛り上げたい」などと言っておきながら、いざ現実味を帯びると答弁を避ける狡猾(こうかつ)。あからさまな欺瞞(ぎまん)に国民の負託を受けた政治家の自覚はおろか政治倫理さえ見いだすことは難しい。
「改憲という極めて重要な案件を議題に載せることなく事を進め、最後の最後に表に出してさっと決めてしまうつもりなのだろう」
倉持弁護士はいまの政治状況は改憲論議を進める好機でもあると捉える。戦後の憲法論議を踏まえればその焦点は9条になる。だが、現政権からは「お試し改憲論」に象徴される「どの条項なら手を付けやすいか」といった、この国のあり方を根本から議論する深みとはほど遠い本音が垣間見える。
倉持弁護士は呼び掛ける。
「自民党が改憲自体を自己目的化するような議論は残念でならない。横綱相撲で9条や統治機構改革についてがっぷり組み合って議論すべきだ。そうなった場合、民進党はしっかり組み合わねばならず、憲法論争から背を向けてはならない」
論じ合い、安倍政権による改憲の行き着く先が明らかになれば、受け入れる国民はそうはいないと考えている。
くらもち・りんたろう 東京都出身。2005年慶応大卒、08年中央大法科大学院卒、12年弁護士登録、横浜弁護士会に所属。14年から第二東京弁護士会。同年7月の衆院平和安全法制特別委員会で参考人として意見陳述。安保法案を「切れ目のない違憲法案」と指摘した。
【安倍首相の改憲を巡る発言の変遷】
2013年 自民党改憲草案では自衛隊を国防軍として位置付けている。自衛隊は国内法では軍隊とは呼ばれていないが、国際法上は軍隊として扱われている。私たちはこのような矛盾を実態に合わせて解消することが必要だと考えている。(2月26日、参院予算委員会)
(憲法改正の対象が)なぜ96条(改憲発議要件)なのか。憲法改正には3分の2の発議が必要だが、これは極めて高いハードル。3分の1をちょっと超える人たちが反対をすれば、たとえ国民の6割、7割が変えたいと思っていても国民投票すらできないのはおかしい。2分の1に発議要件を下げても国民投票によって過半数の支持を得なければ憲法は変えられません。(10月21日、衆院予算委員会)

2014年 (現行憲法はGHQに)占領されている期間に作られた憲法。