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やまゆり園 事件考 記者の視点=編成部・成田洋樹
共生への道しるべ(上) 誰が排除してきたか

社会 | 神奈川新聞 | 2020年5月4日(月) 10:04

事件後、やまゆり園には多くの人が献花に訪れた=2016年7月
事件後、やまゆり園には多くの人が献花に訪れた=2016年7月

 いま一度、考えたい。施設に入所する障害者19人が殺害され、職員を含む26人がけがを負った津久井やまゆり園事件は、私たちに何を問い掛けているのか、と。裁判でも植松聖死刑囚(30)の常軌を逸した言動に耳目が集まったが、その差別観に憤慨したり批判したりするだけでは事の本質に迫り切れない。彼の言動は本人の思惑を超えて、この国が長きにわたって十分に目を向けずに放置してきたことを白日の下にさらしたからだ。

 それは、私たちが暮らす地域社会が重度の知的障害者を迷惑視し、家族を孤立させ、親による介護が限界に達したら施設しか居場所がないようにしてきた、ということだ。私たちの無自覚な差別や排除のなれの果てが、意思疎通ができないと一方的に断じた入所者を次々と襲った彼だったのではないか。そうした社会のありようについて気に留めることもなく黙認してきた「加害者」の一人としてじくじたる思いを抱えながら取材を続けてきた。

倒錯した裁判

 「介護を通じて金と時間を奪う重度障害者は周囲を不幸にする不要な存在」

 「意思疎通ができない重度障害者は安楽死させるべき」

 被告は公判でも差別言動を繰り返した。検察側は死刑を求刑した公判で彼の主張について「障害者を一人の人間として扱い、権利を尊重する社会一般の価値観と相いれない」と切り捨てたが、果たしてこの社会はそこまで成熟していると言い切れるか。障害者一人一人の権利を尊重する社会であったのなら、重度障害者の存在を全否定した今回の事件は起きていなかったのではないか。

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