【時代の正体取材班=成田 洋樹】2019年度から教科化される中学校道徳の教科書が今夏、県内の各自治体教育委員会で採択される。文部科学省は「考え、議論する道徳」を掲げ、特定の価値観を押し付けないと強調する。だが現場の教諭や子どもを通わせる母親らは不安を募らせている。「集団の和を乱さないように空気を読み、物言わぬ人を育てる傾向に拍車が掛かりはしないか」
結論ありき?
中学校道徳の教科書検定に合格した8社全てが採用した教材がある。「二通の手紙」(タイトルが異なる教科書がある)。
あらすじはこうだ。〈小学生の姉と幼い弟が動物園を訪れた。規則では子どもは保護者の同伴が必要だったが、姉の懇願に家庭の事情を察した職員が独断で入園を許可した。だが、閉園時間になっても姉弟は出口に姿を現さない。職員総出で探し、池で遊んでいる2人を見つけた。
後日、職員の元に2通の手紙が送られてきた。1通は病気で倒れた父親に代わって働き詰めの母親からのおわびとお礼。もう1通は、騒ぎを重く見た上層部から停職処分を告げるものだった。責任を感じた職員は自ら職場を去った〉
「法令順守や順法精神だけをやみくもに子どもたちに植え付けてしまう恐れがある」
教科書問題に取り組む藤沢市立小学校元教諭の西光美奈子さん(62)と、県立高校元社会科教諭の樋浦敬子さん(68)はこの教材に対し、不安を口にする。2人が疑問視するのは、多様な観点から、規則というものを「考え、議論する道徳」になるのかという点だ。
思いやりのある職員を擁護して「停職処分は重い」という意見が生徒から出るかもしれない。だが、処分の妥当性を問う設問を用意した社はなく、考える素材を示せているとは言い難かった。
道徳の学習指導要領解説には、道徳で学ぶ「順法精神」「勤労」「家族愛」といった22の「内容項目」について、さまざまな道徳的な価値観を考えるための「手掛かり」と書かれており、特定の価値観の押し付けをいさめてはいる。だが2人は教員が誤解しないか、懸念する。「中学校教諭は、『主題である規則の順守を伝えることに収束しなければならない』と思い込み、議論の幅を狭めることにならないだろうか」
権利は二の次
そもそも、教科書作成の元になる22の内容項目自体に、危機感を抱く現場教諭もいる。
「二通の手紙」で学ぶ内容項目は同要領の「順法精神、公徳心」で、「法やきまりの意義を理解し、それらを進んで守るとともに、そのよりよい在り方について考え、自他の権利を大切にし、義務を果たして、規律ある安定した社会の実現に努めること」と規定されている。
これに対し、藤沢市立中学校のベテラン社会科教諭は「まず先に、『個人の権利を守るために法律が存在する』という前提を、生徒に理解させる必要がある。だがこの規定では、既存の法律の内実を問わず、『とにかく守れ』と頭ごなしに押し付けることになりかねないのでは」と疑問視する。
規定が「法や決まりを守るべき責務が常に個人にある」と読めるのも気掛かりだ。